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第9回 任せるという責任
私の初職は、高等教育機関の質保証を行う独立行政法人でした。当初は助手(今の助教)として就職したこともあり、組織の業務もありましたが、研究者としての活動は基本的に自分で完結させる働き方でした。
若い頃は研究規模も小さく、仮説設定の後のデータ収集・分析から発表まで一人で行います。シンポジウムの開催案内やスピーカーの選定、報告書作成なども、上長に報告をしつつ基本的には自分で進めていました。いわば、一通りの仕事ができる「個人商店」のような働き方でした。
この経験は今でも役に立っています。若い時期には、とても有効なスタイルです。仕事の全体像を理解し、自分で責任を持って進める力は、そこで身についたものだからです。
ただ、そのやり方に慣れて一通りの仕事ができるようになってくると、次第に別の難しさが出てきます。いつのまにか、「手放すこと」や「人に任せること」が、思った以上に苦手になっているのです。忙しくなればなるほど、「自分でやった方が早い」と思ってしまう。実際、そのほうが早いことも多い。若いころからそうやって仕事を回してきたのですから、無理もありません。
けれど、組織の中で仕事をしていると、あるとき気づくことがあります。自分が全部やっていては、組織は成長していかないということです。
かつて、私が立ち上げた教育プログラムでも、最初は趣旨説明や進行などをすべて自分で行っていました。けれど、あるとき思い切ってそれらを若手に任せてみました。すると、自分はずいぶん楽になり、同時に彼らも大きく成長していきました。
しかし、ここで誤解してはいけないのは、「任せる」ことと「丸投げ」は違うということです。
丸投げは、仕事だけでなく責任まで手放してしまいます。けれど、任せるときには、仕事は渡しても責任は渡しません。うまくいけば、それは任された人の成果になります。
しかし、もし失敗したときには、その責任は任せた側が引き受ける。任せるというのは、そういう覚悟を伴う行為なのだと思います。
自分でやれば確実にできる仕事を、あえて人に任せる。その結果として起こるかもしれない失敗は引き受ける。それは効率のためではなく、人を育てるための仕事なのかもしれません。
ただ、実際にはとてもうまくいって自分が楽になることのほうが多いのです。もっと早くに任せれば良かった、と思うことがしばしばあります。
そう考えると、できることを増やしていくことと同じくらい、できるようになったことを手放していくことも大切です。任せるとは、人を信じることでもあります。そして、その信頼は、「任せつつも責任をとる」覚悟の上に成り立ちます。
「早く行きたければ一人で行け。遠くまで行きたければ、みんなで行け。」
そんな言葉があります。
仕事も同じなのかもしれません。
自分一人で進めれば確かに速い。けれど、遠くまで進もうとするなら、人と共に進むしかありません。任せるということは、その歩みを誰かと共に進めるということなのだと思います。


