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第8回 自分を後回しにしない、ということ
最近、生活のリズムが少し変わりました。
再婚してパートナーと過ごす時間を持つようになり、平日は夕食後はのんびり過ごし、休日は食料品や日用品の買い物にでたりなど、ごく当たり前の「日常」を送るようになりました。
そうした日々の時間の中で、ふと気づいたことがあります。
一人でいた頃の私は、仕事に誠実であろうとするあまり、自分のことをずいぶん後回しにしてきました。
後回しにすることは簡単です。誰の迷惑にもなりません。
たいていの時間は昼夜、平日休日問わず研究室で仕事をしていました。
大学教員の仕事は、どこか趣味の延長のようでもあり、加えて管理運営業務に対して人員が足りず、常にやるべきことがありました。それでも、この状態が苦であるわけでもなく「充実した日々」をと感じていました。
しかし、今は「自分のことをずいぶん後回しにしてきた」と感じるのです。
一人であった頃の私も、生活が荒んでいたわけではありませんが、食事や睡眠は仕事に支障がないよう身体を整えるための準備でした。後回しにしすぎてストレスがたまったところで、小さい旅行をしたり、特別に美味しいものを食べたりして、自分を「労る」わけです。
今、生活を誰かと共有する中で、「私は自分をどう扱ってきたのだろう」と、よりはっきりと見えるようになりました。
ただし、このことに「結婚したから気づけた」という話ではありません。
誰かがそばにいるから救われた、ということでもありません。
自分の生活の輪郭が、たまたま別の角度から照らされ、そして、自分を後回しにしない仕掛けを、日常に埋め込めるようになったのだと思います。
私たちは日々、いくつもの役割を引き受けて生きています。
教師であったり、親であったり、配偶者であったり、誰かの支え手でもあったりします。どれも間違いなく自分自身だし、どれかを軽んじたいわけでもありません。
ただ、気をつけていないと、役割や役目を頑張って果たそうとするあまり、その奥にいる「自分」という存在を軽んじてしまうことがあります。そのとき私たちは、自分自身の扱いを、つい後回しにしてしまいます。しかし、それではいつか疲れ切ってしまうでしょう。
自分を大切にする、というのは、どの役割を優先するのか、捨てるのかを決めることではありません。
それらをすべて引き受けている、ひとりの自分を、ちゃんと真ん中に置き直すことなのだと思います。
それができれば、どんな役割がきても、どんな役割を失っても、「自分が在る」場所に戻ることができます。
一つの役割に燃え尽きることなく、自分として永く良く生きていけるのではないかと思います。


