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第3回 恩師について
「あなたの恩師は?」と尋ねられたら、どなたを思い浮かべますか?
そして、何人いらっしゃいますか?
そして、その方を「恩師」だとなぜあなたは感じたのでしょうか。
私自身、恩師として即座に思い浮かべることができる先生は何人かいます。小中高の先生に限るとお一人ずつ。
それぞれどのような先生であったのか、少し紹介します。
小学校のときの恩師は、3年生のときのクラス担任の先生です。美術が専門でたぶん40代くらいの女性の先生でした。
そのクラスは4月当初は全く落ち着きがなく、騒いだり、物が壊れたりなど問題行動も多く、頻繁に授業が中断されて長い長い学級会に変わりました。話し合いは児童に任せ、先生は後ろにじっと座っているだけ。先生は問題が解決されるまで、決して授業を再開しませんでした。私は学期初めに学級委員だったため、そうした気まずい学級会の司会をすることが多かったのですが、先生は何も助けてくれませんでした。大変内気だった私は、みんなの意見をまとめるのにいつも苦労していたという記憶が残っています。ただ、やがてクラスはまとまっていき、年度末の3月には互いに離れがたいほど仲良しのクラスになりました。
中学校のときの恩師は、バスケ部の顧問です。40代くらいの男性で体育の先生でした。当時私が通っていた中学はいわゆる「荒れた中学」で屈強な先生の比率がやたらと高かったのですが、この先生ももれなくそのうちの一人で、今の時代では「完全にアウト」ですが左手に持つ竹刀がトレードマークでした。バスケ部は男女とも県でベスト8レベルのチームで、練習は大変厳しく、休みはお盆とお正月くらいでした。顧問当人自身が、バスケを愛する熱血漢であり、指導はとても荒っぽいものの、理不尽さは微塵もなく部員や保護者からの信頼を常に得ていました。私はキャプテンを務めており、中学時代は部活一色の生活でしたが、そこまで没頭できたのはこの先生のまっすぐな指導や部活運営によるものと思います。
高校のときの恩師は、2年生から担任の数学の先生でした。私の所属は理数科といういわゆる進学コースで、学年で1クラスしかありませんでした。1年次の数学の成績が普通科クラスに劣るということで、テコいれのために2年次からこの先生が担任になりました。数学のできなさに関し、この先生からは1年次からさんざん嫌味を言われてきていたので、2年次が始まった4月のクラスの生徒とこの担任との関係は最悪でした。しかしながら、この先生の授業や補習のおかげで最終的には、理数科の進学成績としては面目を果たしたのでした。私自身、正直なところ今もこの先生の性格は好きではありませんが、でもこの先生のおかげで、進学の選択肢がひらかれ今の私があります。
これらの先生方は私にとって、なぜ恩師なのか?
出会った時期も専門もばらばらの先生方に共通する部分を見つけるならば、「なにごとにも真剣で」「相互に信頼関係があり」「私を成長させてくれた先生」ということかと思います。ときに先生の態度に腹が立つことはありましたが、児童・生徒に対しても遠慮なく容赦なく本音でぶつかってくる、そして、本人が気づかない可能性を伸ばしてくれる、そういう姿勢の先生を私は恩師とみているように思います。
ただ、先生方の姿勢に対しては、感じ方は人それぞれ異なります。クラスメイトの中には上記の先生に対し、苦手意識や嫌悪感を持ち続けていた人もいました。たとえば、先述の高校の数学の先生は「こんな問題もできないのに理数科を名乗るな」といったことを平気で言うような先生でしたから、この発言に対して、素直に「だから頑張ろう」、あるいは「なにくそ、今に見てろ」と思うような性格でないと、相性はよくないでしょう。
つまり、私にとってたまたま響いた先生であった、というだけのことです。
目の前にいる相手すべてに対して「恩師」であることは不可能です。その意味では、「教師の多様性」もまた重要でしょう。
どの教師も誰かにとっての「恩師」として在る―それが、教育が組織で為されることの意味でもあります。
「教育は未来を創る」と私は思っていますが、これを具体的に教師一人ができることとして言うならば、目の前の一人一人の人生をより良いものにすることではないでしょうか。別の言い方をすれば、目の前の相手に後になってからでもよいので「出会えて良かった」と思ってもらうような存在であること。そのような存在が「恩師」かなと思います。
では、どう在れば、そのような存在になれるのか?いられるのか?大切なことは「自分がその在り方に価値を感じること」と「頑張らなくても安定して続けられること」。自分の外の基準に照らした「〇〇であるべき」や「〇〇でなければならない」といった他律的な在り方では続きません。そうではなくて、自分自身が、価値を感じる在り方、そう在れば自分自身も心地よく感じる在り方です。そして、その価値は人それぞれ。では、自分はどういう在り方に価値を感じるのか?その価値を言語化できるヒントの一つが、ご自身の恩師の在り方にあるのかなと思います。
12月に入り、夜が長くなってきました。少し落ち着いた夜に、ご自身の恩師についてゆっくりと思いを巡らしてみてください。


