The Teacher's Learning

『配られたカードと、私の生き方の指針』
取材日 : 2025.05.15
東京大学 大学総合教育研究センター 教授

栗田 佳代子 氏

『配られたカードと、私の生き方の指針』

■研究テーマとこれまでの活動ご紹介
ファカルティ・ディベロップメントを専門とし、特にFD・プレFDプログラムの開発・実施とその効果検証および、教育活動の改善と可視化をはかるティーチング・ポートフォリオの普及支援が研究テーマです。

■TP(ティーチング・ポートフォリオ)とは
TPとは、「自らの教育活動について振り返り、その自らの記述を根拠資料(エビデンス)によって裏付けた厳選された記録」です。紙媒体のTPは、8-10ページほど本文に根拠資料が伴う形式です。

東京大学 栗田研究室.“TP(ティーチング・ポートフォリオ)とは” .東京大学 栗田研究室 Kayoko Kurita Lab.2024-07-10. https://kayokokurita.info/tp/.(引用2024-11-20)

キャリアで悩んでいる先生、これまでのキャリアを振り返り今後の学びのきっかけを得たい先生は必見です。

過去の連載

第1回 私の「なりたい職業」の結末

第2回 一生愛せるのか:研究領域の最終転換

第3回 『恩師』

第4回 『進路と担任』

第5回 『配られたカードと、私の生き方の指針』

スヌーピーの有名な言葉に、「You play with the cards you're dealt.(配られたカードで勝負するしかないんだ)」というものがあります。ある日、ルーシーがスヌーピーに「どうしてあなたが犬なんかでいられるのか不思議に思うわ」と言われたときに返した言葉です。

これは、ある種の諦めにも受け取れますが、私はむしろ「今の自分を静かに受け入れる」姿勢として印象に残っています。

この言葉に少し重ねる形で、私には指針としてずっと大切にしている数式があります。

これは、大学院時代以降、今も心の中に在る数式です。私は、大学院の修士課程までは教育心理学を専門領域としていましたが、博士課程から心理統計学に専門を変更したため、数理的なものの考え方に浸かる日が多くなりました。実際のところ、統計学については得意でなく、日々の学習は常に苦労の連続でした。そこで、こうした考え方に少しでも慣れようと、日々の自分の行動を数理的にとらえようとしてみた時、そういえば、と思い至ったのがこの数式です。自分が心がけていることがシンプルに表現された感動を今も覚えています。

以来、私はこの数式を、自分の生き方を整理し、前に進むための「思考・行動の型」として持ち続けています。

この数式の各要素は、次のように捉えています:

  • ・  a:変えられない前提条件(環境、過去、社会制度など)
  • ・  x:自分が投入できる力や行動
  • ・  f(x):投入した力や行動をもとにした、工夫、努力、周囲の支援などを含む成果へのプロセス
  • ・  y:結果として得られる成果

自分が何か為したいと思うとき、そこには自分の投入できるxに対する「制約」や「条件」“a”が多々あります。

この“a”は変えられないものとして受け入れます。それらを所与としたうえで、自分が投入できる力xをもとに、工夫や努力“f(x)”を重ねて、成果“y”をできる限り高めようと行動します。

この型により、もう起こってしまった失敗や、過去のこと、自分では変えられないことに対して、「あのときああすれば・・」といった「たられば」に向かわず、「では、これからどうしよう」あるいは、「次、行こ。次。」のような気持ちの切り替えにつながりやすいように思います。

たとえば、些細な失敗でいえば、電車で居眠りをしていて降り損なったり、買い物にでかけて肝心のものを買い忘れたり、器を割ってしまったり。大学生のときには、試験日を一週間間違えて、単位を落としたこともあります。これら失敗の直後には、(もちろん次、同じことをしないようにと反省はしますが)気持ちを「これから」にさっさと向けていけます。

また、未来に向けてより前向きに行動を起こすにあたり、行動に向けた現状のの整理ができます。目標や今後に対して、「変えられないこと”a”」、「自分が投入できる力や資源”x”」,「努力や工夫・環境”f(x)”」 という3つを区別するのです。そうすると、達成したい目標に対して、何が所与で、どれくらいの資源が投入でき、どう頑張るかという整理がつきやすく、行動を起こしやすいのです。

「所与となっていること」に対する無駄な心の乱れも生じません。

特に、「所与となっていること」と「これから達成したいこと」の関係がトレードオフになっているけど、どちらも諦めたくない場合、「どっちもとる」欲張りな選択をすることができます。

たとえば、働き始めた頃。

研究活動に集中したい時期と、子どもを持つことが重なったとき、「今、妊娠・出産をすればキャリアのブランクになる」と考えることもありました。しかし、その状況において一方を諦めるのではなく、むしろ「母であることを前提としたうえで研究者としてどう歩むか」という視点に早々と切り替えることが、私にとっての現実的で前向きな選択であり、その決定を支えてくれたのがこの数式でした。

所与である現状を認めて、さらに前に進む―この行動の原理となっている数式は、時に自分のこれからに迷いそうになるときにも、「今できること」を思い出させてくれます。

なお、最近は「所与」を単なる制約とは捉えていません。

むしろ、それが可能性を広げたり、飛躍のきっかけになったり、やる気に火をつけたりという、積極的な意味にも気づくようになってきました。

さらに、「所与」という前提そのものが、問い直され、変えられることもある——そんな視点も持ち始めています。

次回は「所与」についてもう少し考えたいと思います。

株式会社NOLTYプランナーズ