過去の連載
第3回 『再考:働き方改革 「学校でやれることはやり尽くした」は本当か』
第4回 『教育委員会はなにするところ?学校改善の伴走支援者としての教育行政』
第8回 『DX以前の問題をどうするか』
■そのDX、ホンマでっか?
このごろ、“DX”(教育DX、校務DXなど)という言葉をよく聞くようになりました。デジタル・トランスフォーメーション(transformationには変身や変革という意味もある)の略ですが、各地の学校や教育委員会(私立の場合、学校法人等)の様子はいかがでしょうか?わたしの限られた経験ではありますが、DXという掛け声とは裏腹に、単なるデジタル化の取組を指していたり、DX以前の問題が大きいんじゃないかと思える問題もまだまだたくさんあったりします。
一例ですが、ある公立学校では、電子決裁になって、旅費等の手続きをしているのですが、結局校長が紙で見たいと言って、プリントアウトしたものを渡しているし、校長不在時は滞るとのこと。
また、別のある県では県立学校にデジタル採点システムを導入しました。いわゆる串刺し採点が容易になり、設定しておけば観点別評価の集計なども楽ちんで、慣れたらずいぶん時短、負担軽減になります。でも、採点結果を生徒に渡すときクラウド経由では「危ない、ミスや情報漏洩が起きたらたいへんだ」と県教委の担当部署が考えたよう。クラウド禁止にしてしまいました。結局、各校では生徒一人ひとりに紙で打ち出したものを返却しているとのこと。これでは手間は残るし、印刷費だってバカにならない額になります。
自治体や学校、使っているシステムなどによっても異なりますが、ほかの典型的な問題を例示します。
- ●いまだ電子化されていない書類(帳票等)や事務手続きもある(例:出張申請、旅費精算、学校日誌)。
- ●書類が電子化されていても、非効率さが残っている。たとえば、記入に手間がかかるもの、軽微でも学校で完結せず教育委員会の承認が必要なものなど。
- ●校務(事務)で使えるパソコンが職員室の中に限定されている学校では、たとえば、児童生徒の欠席連絡を教室で確認できないなど、非効率さが残り、見落としや連絡ミスも発生しやすい。
- ●校務支援システムを導入していない自治体が一部にあり、児童生徒情報など同じ情報を何度も入力、転記するなど、非効率。校務支援システムを導入している学校であっても、操作等に習熟するまで時間と労力を要するケースや処理速度に問題があるケースなども(学校のネットワークの問題という場合も)あって、使い勝手がよくない。
- ●各自治体が書類や手続きをカスタマイズするために、人事異動によって自治体が変わると、校務処理の仕方が大きく変わり、非効率。
- ●教育委員会もしくは自治体の情報セキュリティ対策によりがんじがらめで、メールで添付ファイルを開くことすら、ひと苦労。便利なクラウドツールも学校では使えないなど、教職員の利便性や仕事能率が犠牲になっている。
ぜんぜんトラスフォームできてへんやないかい、という感じの学校も少なくないのでは?
■どうして学校は忙しいのか?
さて、学校現場が超多忙なのは、社会的にもよく知られるようになりましたね。でも、どうしてなのでしょうか。
ひと昔前(20~30年前くらい)なら、テストを作るのも、通知表も学級通信も手書きという学校は多かった。いまは手書きは珍しい。保護者との連絡(連絡帳など)や児童生徒とのやりとり(交換日記のような生活ノートなど)は手書きという学校もまだけっこうあるけれど。
校務と呼ばれる事務作業等にICTが導入され、便利になっているはずなのに、どうして先生たちは忙しいのか、一向にラクになっていないのか?
この質問を、わたし自身、マスコミの方などからよくいただくのですが、答えるのは簡単ではありません。ひとつは、事務作業以外の負担が重いことが影響しています。たとえば、授業準備や部活動、いじめ対策はICTの導入、ないしDXでもそれほど軽減されません。
と同時に、校務をはじめとする仕事のあり方や進め方にも問題があります。そこには、個々の教職員のICT活用能力やスキルだけのせいにはできない問題が潜んでいます。先ほど例示したように、使い勝手が悪い、過度にセキュリティ重視で生産性無視といった教育委員会等を巻き込んだ組織的な問題が大きいからです(個々人のスキルアップなどの必要性も否定しませんが)。
■DX以前の問題に向き合う
「ICTが導入されたのに、どうして先生たちは忙しいままなのか」という問いに戻ろう。帳票の電子化を進めたり、校務支援システムを導入したりするだけでは、先生たちにとって、十分に働きやすい環境になっているとは言い難いと思います。
そもそも、その業務や書類、手続きは必要か。書類はもっと簡素化・標準化できるのではないか。自治体や学校ごとにカスタマイズする必要は薄いし、カスタマイズするマイナス影響も大きいのではないか。ユーザーフレンドリーなシステムやアプリになっているか。自治体等のルールや慣習が仕事能率を下げていないか。自治内(教育委員会と学校、首長部局と教育委員会との間など)で連携は取れているか。
こうしたことを診断し、改善していくことが必要だと思います。
とはいえ、事態はそう簡単ではないですよね。当たり前ですが。
例示した問題の多くは、文科省等が義務付けているものではなく、各教育委員会等のローカルルール、運用、慣習です。地方議会を通す必要もないものがほとんどです。法令や条例を変えるという次元ではないので、変更する難易度がすごく高いわけではありません。ですが、教育委員会側もとっても忙しい。異動も頻繁で担当者が数年で替わる。なにかをゆるめて(学校側の自由にさせて)問題やトラブルが起きた時、教委だって大変な労力になる。そうした事情が改善を阻害しています。
こうした背景を踏まえると、特効薬があるわけではありませんが、3つほど提案します。
第一に、今回紹介したことやそれ以外を含めて、様々な問題、ストレスがかかっていることを洗い出した上で、学校等の困り感が高い、負担感が高いこと、もしくは多くの時間を奪っていることを中心に、問題解決、改善の優先度が高いことを絞る必要があります。副校長・教頭や学校事務職員に聞いてもらうと、困り感のある業務はいろいろと出てくると思います。また、自治体の現状を知る上では、文科省が点検・公表している校務DXチェックリストやデジタル庁が公表しているダッシュボードなども参考になります。
第二に、試行してみること。セキュリティへの配慮などはもちろん大切ですが、全面禁止ではなく、運用上の工夫やチェックなどで取り組めることもあります。たとえるなら、交通事故や飲酒運転が心配だからといって、自動車あるいは懇親会をすべて禁止にはしないですよね?
第三に、教育委員会の幹部の意思決定と働きかけも大事になります。ある市では、教職員の利用を制限するルールを教育委員会が設ける場合には、教育長決裁を必要としているそうです。つまり、制限を課す手続きのほうを面倒にすることで、真に必要性の高いことにのみルールを課すという運用をしています。
本来、DXというのは単なる電子化やちょっとした業務改善ではありません(transformationなので)。ですが、そこに向かうためにも、教育委員会等と学校に余力を取り戻す必要があります。この記事が少しでも見直すきっかけになれば、幸いです。
妹尾昌俊 Senoo Masatoshi 全国各地の教育現場を訪れて講演、研修、コンサルティングなどを手がけている。 政府の委員(中教審、部活動ガイドライン検討会議など)や教育委員会のアドバイザーも務めている。 著書に『学校をアップデートする思考法』、『校長先生、教頭先生、そのお悩み解決できます!』、『先生を、死なせない。』、『学校をおもしろくする思考法』、『教師崩壊』、『変わる学校、変わらない学校』など。5人の子育て中。


