The Teacher's Learning

教育委員会はなにするところ?学校改善の伴走支援者としての教育行政
取材日 : 2025.03.04
教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク 代表理事

妹尾 昌俊 氏

教育委員会はなにするところ?学校改善の伴走支援者としての教育行政

一般社団法人ライフ&ワーク代表理事、教育研究家、OCC教育テック大学院大学教授(25年4月開校)。 
全国各地の教育現場を訪れて講演、研修、コンサルティングなどを手がけている。 
政府の委員(中教審、部活動ガイドライン検討会議など)や教育委員会のアドバイザーも務めている。 
著書に『学校をアップデートする思考法』、『校長先生、教頭先生、そのお悩み解決できます!』、『先生を、死なせない。』、『学校をおもしろくする思考法』、『教師崩壊』、『変わる学校、変わらない学校』など。5人の子育て中。

過去の連載

第1回 『ノンストップな日々、働き方をみつめなおす理由』

第2回 『働き方改革でカットしてはマズいこと:急がば回れ』

第3回 『再考:働き方改革 「学校でやれることはやり尽くした」は本当か』

第4回 『教育委員会はなにするところ?学校改善の伴走支援者としての教育行政』

読者のみなさんで、公立学校の関係者であれば、教育委員会の方とは接点があると思います。これまで、教育委員会の行動や態度で、イヤだったこと、もしくはちょっと問題だなと感じた経験はないでしょうか。私立学校の場合は、法人本部や事務局に置き換えて読んでいただければと思います。

わたしは、なにも教育委員会はケシカラン、と糾弾したいのではありません。どんな組織や個人であっても、指示やコミュニケーションに、多少の問題や反省点は付きものでしょう。ですが、どうしたわけか、そうした反省、リフレクションをやってみた、ということは聞いたことがありません。授業ではリフレクションしなさい、と言う指導主事は多いのに。校長先生らが教育委員会のことを飲み会などの場で多少愚痴ることはあっても、不満や問題は、ほとんど可視化されておらず、しかも本人たちに伝達、フィードバックされていません。

これでは、いつまでも改善されないのは、当たり前です。しかも、教育委員会の幹部や指導主事は2~3年ごとに異動するケースも多いので、よけい、問題が温存されたまま前年度踏襲されやすいのだと思います。

■指導者というより伴走者

なぜこんなぶしつけなことを書いたのか(わたしはいつもホンネトークです)というと、従来型の教育委員会のやり方を見直していく時期に来ているのではないか、と感じるからです。

わたしも委員として参加した中教審で、質の高い教育の確保に関する答申が昨年8月に出ています。

※答申に関する文部科学省資料

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/sonota/1412985_00006.htm

教職調整額の多少のアップだけでは抜本解決にはならないことなど、とかく批判の多い今回の答申ではありますが(そうした批判も大事だとわたしは考えていますが)、書いていることは調整額の話だけではありません。

働き方改革や業務の見直しについて、服務監督を担う教育委員会は、学校・家庭・地域の理解を促すとともに、予算措置等を含めて主体的な役割を果たす必要がある旨が記載されています。また、「教育委員会には、従来型の指導・助言にとどまらず、現場との対話を通じ、課題解決に向けた学校の取組を支援する伴走者としての役割が期待されている」と明記しています(答申p.20)。おそらくこういう書き方を中教審答申で明記したのは初めてではないかと思います。

■伴走支援とは

ただし、「伴走者としての役割」ってなんやねん、という話がどこにも書いていません。これは最近の文科省や中教審がよくやる悪い癖だと思います。抽象的な理念でなんとなく分かった感じにするのは、よくない。いろんな「伴走者」の姿があってよいとはいえ。

以下は、わたしなりの理解になりますが、教育委員会がああしなさい、こうしなさいと、一方方向的に指示、伝達することは、「伴走支援」には当たりません。マラソンなどをイメージするとよいと思いますが、「伴走者」とは、横に付いて励ましたり、本人と対話しながら何か引き出したり、アドバイスをしたりする人のことを指すように思います。

たとえば、ある学校の超過勤務が多い場合、教育委員会は残業時間(在校等時間)といったごく限られた数字だけを見て、「もっと減らすように」と指示だけをする。これは、伴走支援とは言えないと思います。

忙しいのは、それなりの理由があるわけですから、背景や原因の診断・分析を行ったり、校長や教職員と対話しながら対策を学校とともに考えたりする。そんなコンサルタント的な役割が「伴走者」という言葉にフィットします。また、各校の課題解決のアイデアを複数校で出し合うなど、学校間で学び合うコミュニティをつくる役割を教育委員会が果たしてもよいでしょう。

もっとも、指導・助言が全部ダメだという意味ではありませんし、伴走支援と二者択一というわけでもないと思います。たとえば、熱中症対策なども、学校側の対策で足りないところを指導・助言することは大事ですし、その背景を探って解決策をともに考えるコンサルテーションや伴走支援も、両方必要なことが多いでしょう。

■なぜ、伴走支援なのか

では、なぜ、指導・助言だけでなく、伴走支援が重要になってきているのでしょうか。少なくとも2点、思い浮かびます。

第一に、必ずしも、教育委員会側に情報や知識の優位性があるわけではなくなってきたためです。VUCAの時代と言われるように、不確実性が高く、どうしたらよいか解決策や対策が明確でないことが多いので、教委側が何かを知っていて伝達すればよい、というものばかりではないのです。ましてや、文科省等から来た文書を学校に送って「あとはよろしく」ではダメですよね。なんのために教育委員会はあるのか、という話になります。

第二に、伴走支援のほうが学校側のやる気が高まる可能性が高いです。冒頭で問いかけたように、一方的な指示等では、むしろやらされ感が募り、教職員のモチベーションや志を削ぐ場合もあります。こういうことは、教室での教員と子どもとの関係も同じではないでしょうか。

教育委員会職員もたいへん多忙で、わたしは心配しています。議会対応や市民からの苦情、揉めに揉めているいじめ事案への対処などもあって、ストレスの高い仕事をしている人も多いです。教育委員会の業務のあり方や改善も必要でしょう。と同時に、今回申し上げたように、従来型の姿勢ではなく、伴走者としての役割についても考えてみてほしいと思っています。

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