
『営業組織の再設計 - 現場と経営をつなぐ新たな視点』シリーズ 第6回
本コラムは、営業現場と経営層の認識ギャップを明らかにし、両者の視点を統合した効果的な営業戦略の構築方法を提示する連載シリーズの一部です。今回は、全国の営業職300名と営業部門管理職・経営者250名を対象に実施した「デジタル時代における営業戦略と顧客信頼構築について」の最新アンケート※(2025年9月実施)の結果から、製造業と商社における営業環境の違いと、商材を扱う営業組織に求められる差別化戦略について考察します。特に、両業界で異なる顧客接点や信頼構築の方法、営業活動の効率化に注目し、経営層と営業現場が共有すべき営業戦略を整理します。
※アンケート調査方法にはアイブリッジ株式会社のFreeasy(https://freeasy24.research-plus.net/)を使用しています。
調査の際、回答は匿名で行われ、会社名は非公開で実施されています。
前回は、情報武装した顧客への対応をテーマに、営業担当者が「情報提供者」から「解釈者・伴走者」へ役割を変える必要性を取り上げました。顧客は商談前に情報を集め、複数社を比較し、自社なりの判断基準を持って営業担当者と接点を持つようになっています。
今回注目するのは、こうした顧客の変化に対して、業界ごとに営業戦略をどのように変えるべきかという点です。製造業では技術や製品の価値を顧客の成果に結びつける力が、商社では商品単体ではなくサプライチェーン全体を捉えた提案力が求められます。
同じ「商材を扱う営業」であっても、差別化の方法や効果的な顧客接点は同じではありません。業界特性に応じた営業組織の再設計が必要です。
目次
製造業と商社で異なる営業環境の変化
Q1の「以前と比べて最も大きく変化していると感じることは何ですか」という問いに対し、製造業では36%、商社では31%が「顧客とのコミュニケーション方法」と回答しました。
両業界とも、顧客との接点が変化していることを強く実感しています。しかし、その営業環境は同一ではありません。
製造業では、顧客がWebサイトや比較情報を通じて、製品の仕様や技術情報を事前に調べる傾向が強まっています。営業担当者には、製品情報を説明するだけでなく、自社の課題にどう適合するかを示す役割が求められます。
一方、商社では、対面接点が依然として重要です。商社・卸売り・小売業では、「対面での接点が多い」と回答した割合が36%に達しています。人間関係や継続的な訪問が、営業活動の基盤として残っているためです。
ただし、対面接点が多いことは、従来の営業方法を続ければよいという意味ではありません。対面で会う機会があるからこそ、顧客にとって訪問を受ける価値を明確にする必要があります。手土産やノベルティといった「会いに行く理由」を後押しするツールも、この訪問価値を可視化する手段の一つです。

データで見る営業課題と差別化の実態
現在の重要な営業課題として、「競合との差別化」を挙げた割合は、製造業で13%、商社で20%でした。商社のほうが差別化を強く課題視しています。
商社では、取扱商品や仕入先が競合と重なりやすく、価格、納期、取引条件の比較に陥りがちです。営業担当者が商品情報を伝えるだけでは、自社を選ぶ理由が生まれません。
製造業でも、差別化の壁は存在します。信頼構築の障壁として「自社の強みや差別化要素の伝達困難」を挙げた割合は23%でした。技術力や品質に自信があっても、それが顧客の事業成果と結びつかなければ、価値として伝わりません。
商社では同項目が26%となっており、製造業以上に「強みを伝えにくい」と感じています。
この結果から見えてくるのは、両業界に共通する課題です。
・自社の強みが社内では理解されている
・しかし、顧客にとってのメリットへ翻訳できていない
・競合との違いを説明しても、顧客の判断軸と一致しない
・営業担当者によって提案内容や表現にばらつきがある
差別化とは、他社と違う点を列挙することではありません。顧客の課題に対して、自社の強みがなぜ有効なのかを伝えることです。

製造業と商社における差別化アプローチ
製造業:技術価値を顧客の成果へ変換する
製造業の営業では、「高性能」「高品質」「独自技術」といった表現がよく使われます。しかし、こうした言葉は競合も使えるため、それだけでは差別化になりません。
重要なのは、製品価値を顧客の成果として可視化することです。
・高精度な製品
→ 加工誤差を抑え、不良率の低減につながる
・高耐久な部品
→ 交換回数を減らし、設備停止リスクを抑えられる
・導入しやすい設備
→ 現場教育や既存工程への影響を抑えられる
・省エネ性能が高い装置
→ 電力コストや環境負荷を削減できる
技術の説明を、品質、生産性、安全性、収益性といった顧客側の評価指標へ変換することで、製品の価値が具体的になります。
商社:付加価値サービスでサプライチェーンを最適化する
商社の差別化では、取扱商品の多さを強調するだけでは不十分です。顧客が抱える調達や物流の負担を、どこまで減らせるかが重要になります。
・発注先の集約による業務負担の削減
・在庫データに基づく適正在庫の提案
・複数メーカーを組み合わせた代替調達
・納期遅延リスクを抑える物流設計
・調達品の品質管理や標準化
・導入後の保守・運用支援
「この商品を購入してください」と伝えるだけでは、競合との違いは伝わりません。商品を組み合わせ、顧客の業務全体を改善する提案へ変えることが、商社の差別化につながります。
顧客接点設計と信頼構築の違い
製造業は「課題理解型ヒアリング」を軸にする
製造業で、顧客との信頼構築に最も効果的な手法として「顧客の課題を深く理解するヒアリング」を挙げた割合は27%でした。
ヒアリングでは、次の順番で確認します。
1、現場では何が起きているのか
2、どの工程や部門に影響しているのか
3、問題を放置すると何が起きるのか
4、改善効果を何で評価するのか
5、意思決定には誰が関わるのか
製品説明を先に始めるのではなく、顧客の課題を構造化することが重要です。
商社は「パーソナライズ提案」を標準化する
商社では、「顧客に合わせたパーソナライズされた提案」が25%で最多となりました。
・コスト重視の顧客
→ 調達価格だけでなく、発注・管理コストまで含めた削減効果
・安定供給重視の顧客
→ 代替品、在庫、物流体制
・品質重視の顧客
→ 品質保証やトレーサビリティ
・業務効率化重視の顧客
→ 発注先集約や業務負担の削減
パーソナライズ提案を属人的な工夫で終わらせないためには、顧客の事業方針、調達課題、関係部門、過去の提案履歴を営業組織で共有する必要があります。

ターゲット戦略による営業活動の効率化
製造業では、「戦略的なターゲット絞り込み」が30%で最多でした。
自社の技術が必要ではない企業へ広く営業すれば、提案に時間がかかり、商談化率も低下します。
ターゲット選定では、次の観点で優先順位をつけます。
・自社技術で解決できる課題があるか
・導入効果を数値化できるか
・導入時期や投資余力があるか
・意思決定者へアクセスできるか
・類似事例を横展開できるか
商社でも「戦略的なターゲット絞り込み」は28%と高い割合でした。さらに、訪問や商談獲得では「顧客課題に合わせた具体的な提案内容の事前共有」が42%と突出しています。
商社では、訪問依頼の段階で商品カタログを送るよりも、顧客が抱えている可能性のある課題と、その改善案を示すほうが効果的です。
> 「現在の複数仕入先からの調達を集約することで、発注業務と在庫管理の負担を削減できる可能性があります。類似企業では、発注業務の集約と代替品の整理を同時に進めました。現在の調達体制について、30分ほどお話を伺えないでしょうか」
面談で何を話すのかを事前に明確にすると、顧客は訪問を受ける理由を判断しやすくなります。
業界別の差別化戦略を営業組織に実装する
経営層と営業現場の距離が離れる原因の一つは、経営層が「差別化」という抽象的な言葉で方針を伝え、現場が具体的な行動へ落とし込めていないことです。
実装に向けては、次の3段階で整理します。
1. 業界ごとの顧客課題を定義する
製造業なら、生産性、品質、設備稼働、安全性。商社なら、調達効率、在庫、物流、安定供給です。
2. 自社の強みを顧客成果へ変換する
自社の技術や商品を説明するのではなく、顧客のどの指標を改善できるのかを整理します。
3. 顧客接点に合わせて提案形式を変える
製造業では課題理解型ヒアリングを、商社では顧客課題に合わせた提案内容の事前共有を重視します。
営業担当者に「もっと差別化しろ」と求めるだけでは、現場は動きません。どの顧客に、どの課題を、どの価値で解決するのかを具体化し、提案資料や商談プロセスに組み込む必要があります。
業界特性を生かした営業組織の再設計
製造業と商社では、商材や顧客接点、差別化の方法が異なります。
製造業では、技術力や品質を、品質向上や生産性向上、コスト削減など、顧客の成果へ翻訳することが重要です。一方、商社では、商品の品ぞろえだけでなく、調達、在庫、物流などの業務全体を改善する提案が差別化につながります。
つまり、製造業は「技術を成果へ」、商社は「商品を業務改善へ」変換する営業が求められます。
ただし、その価値を営業担当者個人の経験や説明力だけに任せてはいけません。顧客課題、自社の強み、提案の切り口、成功事例を組織で共有し、再現性のある営業活動に落とし込む必要があります。
経営層が方針を示し、営業現場が顧客の反応を共有しながら戦略を更新する。この循環をつくることが、業界特性を生かした営業組織の再設計につながります。差別化とは、他社との違いを主張することではなく、顧客が「自社にとって選ぶ理由がある」と納得できる価値を届けることなのです。
その価値は、提案内容だけでなく、訪問や接点の一つひとつからも伝わります。次に会う理由をつくる小さな工夫の積み重ねが、営業組織全体の差別化を支えていきます。
次回:
『営業組織の再設計 - 現場と経営をつなぐ新たな視点』シリーズ第7回では、情報通信業界とサービス業界を比較し、「無形価値の営業戦略」をテーマに取り上げます。
情報通信やサービス業では、製品を手に取って確認できないため、営業担当者が提供価値を具体的に伝えることが難しくなります。顧客は機能や価格だけでなく、導入後の成果、運用のしやすさ、サポート体制、担当者への信頼などを総合的に判断します。
次回は、情報通信とサービス業における顧客接点や信頼構築の違いを比較しながら、見えにくい価値をどのように言語化し、顧客の意思決定につなげるのかを考えていきます。


