PRINCIPAL INTERVIEW

学び続ける力を養い、農業で社会貢献できる人材の育成
取材日 : 2024.02.06
  • 高等学校
東京都立園芸高等学校 様

校長:並川 直人 先生

学び続ける力を養い、農業で社会貢献できる人材の育成

1908年の開校より農業・園芸教育の中心を担ってきた都立園芸高等学校。農業教育における「不易と流行」を掲げ、基礎的な力を身に付けるだけでなく、データサイエンスを取り入れるなど新しい取り組みも積極的に行っています。農業の専門高校としてどのような未来を見据え、教育を行っているのか並川 直人校長先生にお話を伺いました。

まずは園芸高校の教育として大切にしていることについて教えてください

農業に関する学科を設置する高校として、「体験・体感」を重要視しています。専門的な経験を積むことができる本校では、実践の中で得られる気づきや学びを大切にしています。
本校には園芸科、食品科、動物科の3つの学科があります。それぞれに関する専門性を身に付け、スペシャリストを目指すのはもちろんのこと、様々な学びを通して、世の中で活躍するための基盤となる力を身に付けて欲しいです。

専門分野における実習や研究が豊富と思いますが、具体的にどのような取り組みを行っていますか。またその活動を通して、どのような力を身に付けて欲しいですか

農業系高校では70年以上前から卒業論文にあたる課題研究を行っています。総合的な探究の時間が普通科の必須科目になるずっと前から課題解決型学習を行ってきました。3年生では自分の専門的な学びの中で興味関心のある分野をテーマに掲げ、仮説を立てた上で実験・実習に取組み、1年間の活動をまとめた要旨集を作成し、集大成として発表します。
私はこのような課題研究の活動が「人生学」そのものであると考えています。現代は予測の難しい先行きが不透明な時代です。そのような時代に必要な力は、自分の身の回りにある課題や問題を発見し、それを解決していく力です。障壁となっていることは何かを見出し、PDCAサイクルをまわして、解決の道筋を見つけるというプロセスは、生徒が社会に出た後でも役に立つ「学び続ける力」、「正解のない問いに向き合う力」、「新しい価値を創造していく力」を得られると思っています。

入学してくる生徒はどのような生徒が多いのでしょうか

入学時に志がはっきりしている生徒は必ずしも多くありません。また都心にある学校なので、農業経験があるという生徒も少なく、漠然とした興味関心があるだけです。生徒の興味関心と専門的な学びとの間にはギャップがあるので、入学してからはその興味関心をより高められるような授業を準備しています。とくに実習・実験の機会は多いので、とにかく自分でやってみる、学校の設備を使って思う存分チャレンジしてもらっています。その中で失敗もしながら、自分の学びたいテーマや進路希望を決めていってほしいと思っています。まさしく「生徒の夢を創造し実現する学校」を目指しています。
また学び方を学ぶということにも注力しています。1年生では、農業と環境という履修科目があり、1学期は教員が主導して作物の栽培などの実習を行い、2学期からはグループ単位で生徒が主導して、何を育てるのかから検討してプロジェクト学習をスタートします。3年生での集大成に向けて、基本的な取り組みの素地をつくっていきます。入学時に漠然としていたことも、様々な学びを通して自分の興味関心や学び方がわかってくるのだと思います。

ソーラーシェアリングシステムと栽培プロジェクトの試験区設定
センシング機器:温湿度、照度、土壌水分量などを計測してクラウドへ飛ばします

貴校はTOKYOデジタルリーディングハイスク―ル(※)にも指定され、データサイエンスに関する取り組みが盛んだとお聞きしました。どのような経緯でデータ学習を取り入れたのでしょうか

本校では農業教育の「不易と流行」を大事にしています。「不易」の部分は、基礎をしっかり学んでいくこと。「流行」の部分はスマート農業などの技術を取り入れていくこと、中でも農業におけるデータ活用に注力しています。
今までの農業は、勘と経験に依存していました。しかしこれから若い世代を育てていくには、長い年月を要する勘と経験ではなく、センシング機器から得られるデータ情報をもとに栽培管理、収穫予測などを立てていくことが必要になってきます。また、蓄積したデータを地域課題や社会課題の解決に活用していくことも期待されています。
このような背景からスマート農業、とくにデータサイエンスの重要性を発信し、東京都教育委員会に提案したことで、本校の取り組みの方向性を支援してもらっています。

※TOKYOデジタルリーディングハイスクール事業
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/school/designated_and_promotional_school/ict/dx.html

センシング機器から得られたデータをアプリで見える化

具体的にどのような学習を行っていますか

現在2年生まで一人一台端末を持っています。農業と環境の授業の中では、データのもつ意味合いを理解していくための学習を行っています。データサイエンスが求められている背景を理解した上で数字が持つ意味を分析し、読み取ったものをどのように生かすか、グループ学習で検討するなどして経験を積んでいきます。
実際に動物科では、活動量が測定できる加速度センサーを犬につけ、犬の睡眠時間のデータを取得し、その睡眠時間の少なさに着目したグループがいました。寝床に課題があると睡眠に影響するのではないかと仮説を立て、寝床の改善が睡眠時間の改善に繋がるのかデータを取って検証しました。センサーによって見える化したデータを使って、仮設を立て、実際にやってみるというPDCAサイクルを回して学びを深めていきました。ICT機器の導入やデータの活用によって、学びの中で体得していくということを実感してくれたらと思っています。これからも生徒たちがワクワク、ドキドキできる体験を増やしていきたいです。

園芸科 科目「栽培と環境」センシングデータの活用
動物科 科目「農業と情報」動画カメラデータから犬の分娩を多角的に分析

データサイエンスなど新しい取り組みを推進する中で、先生方の指導の仕方も変わり、新たに学ぶことも増えそうですね

教員も初めは模索していましたが、今ではスマート農業に関する機器の導入によって生徒の学びが拡がった事を実感しています。デジタル機器の扱いに関しては生徒たちの方が習熟性は高いです。実際あっという間に生徒の方が操作に慣れてしまいました。教員は機器の扱いの習熟よりも、得られたデータに対する考え方を教えることに重点を置いています。課題研究は生徒が主体となってリードするものです。失敗もありの取組みを大事にしているので、先生はアドバイザー的な役割を担ってもらっています。
また勘と経験の世界からデータに基づく精密農業へという転換や学習においては、「教え方」も変える必要があり、先生も学び続ける、アクティブラーナーでなければならないと思っています。

地域との連携や外部との協力など、生徒が校外で活動する機会はありますか?

本校ではアウトプットの機会を多く作るようにしています。例えば校内で飼育しているミツバチから採ったはちみつを地域の方に販売する実習では、ただ売るのではなく、どうすれば価値を感じて買ってもらえるのかを考えてもらいました。商品に興味を持ってもらうためのストーリー作りや、そこに集まるお客さんはどういう人かまで考えることが大事です。商品に対する深い理解と消費者に届けるためのビジネス的な視点も持って欲しいと思っています。販売実習の際にアンケート調査も実施しました。
またカヌレとマーマレードを組み合わせてカヌレ―ドという独自商品を開発した際は、商標登録も取得しました。ただ商品開発するのではなく、商標登録の過程で知的財産権について学ぶ機会とし、パッケージデザインやブランディングまで考え、実践的な経営学習になるようにしました。 わたしは儲けることをタブー視しない校長と自称しております。学校は生徒が作ったものを高く売ることはタブーだという観念がありましたが、良いものはそれ相応の価値づけし、価値を理解してくれる人にその対価を払ってもらうことが重要だと思います。農業は儲からない、大変だと思われています。大事なのは新しい農業の在り方を模索しながら、新たな価値を創造し、持続可能な農業を実現していくことです。
抱えている課題そのものの理解は必要ですが、生徒たちが未来に対して明るい希望が持てるような学びにしていきたいと思っています。

>>様々な体験から課題発見力や課題解決力、実行力などを養うアントレプレナー教育の重要性・ポイントを解説したセミナーを開催しました。アーカイブ動画視聴・サマリー資料ダウンロードはこちらから
https://www.noltyplanners.co.jp/schola/inquiry-program/column/1283607_9953.html

実習科目だけでなく、普通科目での学びもあると思います。教科横断的な取り組みは行っていますか?

農業高校では普通科目が3分の2、専門科目が3分の1というカリキュラム構成になっています。農業の学びは総合科学です。園芸科で肥料の調整をするときは数学の知識が必要ですし、食品科での試薬を作る時は化学の知識が必要です。5教科の勉強が苦手な生徒も多いですが、実験・実習の内容を理解していくためには、普通科目の学びが必要です。その重要性を理解できれば、普通科目の学びに対する向き合い方や学びの質が変わります。実際に数学では校内に設置してあるセンシング機器から得られた生のデータを使いながら統計や仮設検定の授業を行うなど、STEAM教育の充実と教科等横断型の取組みを行っています。

園芸高校を卒業した生徒にはどのような人になって欲しいと思いますか

学科によって差はありますが、現在は8割の生徒が進学します。多くの生徒は総合型選抜など推薦入試で進学しています。専門性を活かした進学ができるという点も本校の強みだと思います。園芸高校での学びを大学での学びに繋げ、興味のあるテーマを勉強し、SDGsを行動基盤として世の中のために役立つ仕事で活躍してほしいです。農業はすそ野の広いテーマです。学び続けて社会に貢献できる人になって欲しいと思っています。

株式会社NOLTYプランナーズ