まず本ビジョン、ミッションの策定に至った経緯についてお聞かせください
(勝間田校長)これまでの本校の学校経営はというと、何か新しいことに取り組むというより前年踏襲で進めていくという慣習がありました。学校として大切にしたいことは何か、どこに向かうべきかが全教職員に共有されないまま、日々の業務を忙しく行っていました。 わたしが本校の校長に就任したとき、そのような状態から変化を起こしたく、当時副教頭であった田中(現副校長)の「まず学校のミッション、ビジョンを作って浸透させることが大切だ」という進言もあり、策定に至りました。策定にあたっては、本校の歴史を振り返り、記念誌や卒業アルバムなど、過去の書類を管理職メンバーで見て、個人的に感じている学校の良さや大切にしていることなどを話し合いながら、アイデアを出していき、このミッション、ビジョンに集約させました。
ミッションに「well-being」を置いた背景について聞かせてください
(勝間田校長) 生徒ひとり一人を取り巻く環境はものすごい速さで変化しています。家庭環境の多様化、複雑化、コミュニティとしての地域社会の機能低下、経済状況やテクノロジーの変化など。生徒たちの帰属先や居場所としてあるべき場所がどんどんとなくなってきていると感じます。学校にも居場所を感じられない生徒も多く、不登校の生徒も増加しています。そのような課題から、「Wellbeing」を大切にしていきたいと思いました。もちろん生徒だけではなく、生徒に関わる教員、保護者、学校に関わる全ての人の「Wellbeing」を大切にしていきたいと思っています。
ミッション・ビジョンの策定にも関わった田中先生から見ていかがでしょうか
田中 航 先生
(田中先生) 本校は地域の人を地域で育てるということを目的に設立された学校です。創立から57年経ち、ある程度その目的は満たされている状態にまでなりました。次のステップを考えたとき、単純に進学させるだけではなく、自分の人生を豊かにしつつ地域に貢献するにはどうすれば良いか、そのような視点から学校を築かなくてはならないと思いました。日本の若者は、未来に対する期待感が世界水準から見てとても低いと言われています。教育に携わる者として、生徒の自己肯定感を高められるような教育をしなくてはいけない。学校教育は出口ではなく、その人の人生をみて設計しなくてはならないと思い、「Wellbeing」を中心に置くことにしました。
人生を豊かにすることを考える上で、どのようなキャリア教育を行っていますか
(田中先生) 30歳からの逆算を掲げています。ゴールをどこの大学に進学するのかではなく、30歳の時どうなっていたいかを描き、キャリアを考えるということをしています。一年時から月1のワーク形式で情報をインプットしたり、自分で考えたりする機会を設けています。 探究学習もその一環で、自分の好きなことや得意なことをみつけて、それを社会に貢献できるようにするためには、どうすれば良いか考える授業を週二コマでやっています。各々の好きや得意を本校では「ギフト」と呼んでいます。「ギフト」を見出す機会を設け、生徒が社会に出たときにその「ギフト」を自分の人生の幸福や社会の貢献に還元できるようにすることを目指しています。
30歳を想像するということは、10代の高校生にとっては難しいことではなないでしょうか
(田中先生) たしかに30歳の自分を想い描くのは難しいと思います。ですが「仮置き」することはできると思っています。仮置きすると方向性が見えてくるので、その中でいろいろ試しながら、興味関心や適性を深堀していくことができます。ですので、まずは仮置きしましょうと話をしています。
(勝間田校長) 「仮置き」をするためには、さまざまな人に出会うことが重要です。本校には多様なバックグラウンドを持った教員が集まっています。面白い大人との出会いが生徒にとって一番いい教材になると思っています。キラキラしている大人、いろんなことにワクワクしている大人に出会うことによって、自分もこんな風になりたい、チャレンジしてみたいという想いを育むことができます。
また、学びに対する動機づけがあまりされていない生徒も多くいます。ですが、勉強に対する意欲が低い生徒でも、学んでみたいという欲は持っています。その欲を引き出し、伸ばすことができるような教育を目指しています。生徒を押さえつけるような厳しい生徒指導の文化が残っていた本校ですが、一方的な指導者ではなく、「支援・協働・伴走」してくれる人として、生徒の隣にいる存在として教師の役割をシフトしています。
改革に伴い先生方の考え方や指導の仕方の変化も必要になっていますね。先生方には具体的にどのような支援をされていますか
(田中先生) 昨年から「カタリバ」※という取り組みを行っています。例えば「自立型学習者を育てる」というテーマの元、他校の事例を見ながら本校にどのように落とし込めるかなど、自由に先生同士で議論してもらっています。ところがカタリバを続けていく中で、同じ学校の同じ先生同士で話していても議論に限界があることがわかってきました。そこで途中からは実際に他の学校に行くということを実践しています。語っているよりも、実際の事例を見るのが効果的です。また、教員も想いはあるが、それを具現化するための引き出しがないということも見えてきました。学校としては教員に引き出しを提供することで、想いと重なって走り出せる、走り出したときに新しいことを止めがちな風土を取り除くということをやっていきたいと思っています。
今までは、教員から「これやっていいですか?」と言われることが多くありました。誰かが許可してくれないとやってはいけないというマインドセットが作られてしまっています。これからは「やりたいです」という自発的なチャレンジを増やし、推奨できる文化作りができていけばよいと思っています。
※カタリバの様子
https://gotembanishi-h.ed.jp/news/15475/
それでは人事部設立の背景についてお聞きします。全国的に見ても珍しい事例かと思います。設立に立った経緯について教えてください
(勝間田校長) 人事部を立ち上げた経緯も「Wellbeing」を高めるための課題となっている「教員の働き方」に取り組まなければならないと思ったからです。また採用や研修など、学校の根幹は人事的な業務が担うことが多いので、必要性を感じ今年度から立ち上げることになりました。
(田中先生) 学校改革や人事部の設立にあたり、課題を明らかにするため校内でWellbeing調査を行いました。学校は主観的な判断で物事が進みがちですが、客観的な数値を把握して問題解決しようという意図で行いました。
調査結果からは教職員を取り巻く厳しい実情がみえてきました。この状態でさまざまな改革を進めても、負担は増え、疲弊するだけという状況だったため、早急に教員のWellbeingを改善する必要性を感じました。調査分析をした結果、とくに「業務量の適正化」と「プレイフルなカルチャーづくり」という大きな改善すべき方向性が見えてきました。教員は教育のプロです。プロが適正に働ける環境を作れば最大パフォーマンスをしてくれると思っています。ですので、まずは「業務量の適正化」という視点で人事部中心に活動を行っています。
人事部部長の二井さんにお聞きします。人事部の立ち上げから現在の活動にいたるまで、 どのような改善がありましたか
(二井さん) まずは「残業時間の削減」、「休日の確保」を目標に掲げました。業務時間や休日の確保など適性とは言えない状況になっていたため、まずは月の上限時間と休日取得の最低日数を明確化しました。目標と現状とのギャップを明確化したことが、まずは一歩だったと思います。また教員の業務超過は意識の面も大きくあります。具体的な目標を置くことで、意識面で抑止効果が生まれ、現状昨年より、大幅な数値の改善がみられています。
しかし、今後この目標がボトルネックになって、やりたいことができないといった状況になることも考えられます。道半ばではありますが、やってみて、課題を挙げてもらって、対話しながら改善していきたいと思っています。またこれからは柔軟に働けるような制度を変えることからも考えていきたいと思っています。全体の労働時間制や部活の在り方など考えていきたいことはたくさんあります。対話しながら課題と対策を考えていきます。
人材開発・育成という面ではどのようなことを行っていますでしょうか
(二井さん) 本校で長く働きたいと思ってもらうために新任教員向けの研修のプログラムを作りました。OJTのプログラムを新しくすると同時にOff-JTのプログラムを新たに追加しました。Off-JTは主に「本校について知る」、「ビジネス基礎スキルを身に付ける」、「日々の仕事を学ぶ」の3つに分類されており、それぞれをプログラム化して学べるようになっています。とくに学校現場において珍しいのが「ビジネス基礎スキルを身に付ける」だと思います。企業においては当たり前の研修かもしれませんが、教員にとっては、このようなビジネス基礎を学ぶ機会は少ないです。ビジネスマナーは知っておいたほうがよく、ロジカルシンキングやプロジェクトマネジメントなども学校改革を進めたり、探究学習を行ったりする上で必須のスキルです。オンライン教材などを活用しながら、教員それぞれのキャリアにも役立つ学びを提供しています。

ミッション、ビジョンの具現化を考えたとき、長期的な視点で見て今後取り組んでいきたいことはありますか
(勝間田校長) 生徒たちの自己決定をベースにした学校になっていたいと思います。選択科目を増加するなど、カリキュラムの仕組みも変えていきたいです。学年、コースの枠を取っ払って、多様性に溢れた縦横斜めの繋がりを強くしていきたいと思っています。同時に、「余白」も大切にしたいと思っています。学習面において、特に特進コースの生徒には8時間授業、土曜講座などを行っており、正直やりすぎていたのではないかと思います。先生も生徒も、頑張れば頑張るほど疲弊するような状態でした。自分を振り返れる時間、頭を整理する時間など、積極的に作っていき、余白を大事にできる学校にしていきたいです。