みなさん、こんにちは!
現場の先生方の実践を紹介する連載「プロジェクトE」。
第9回は、東北大学大学院農学研究科 教授・青木優和先生にお話を伺いました。
青木優和先生のプロフィール
東北大学大学院農学研究科 教授。早稲田大学教育学部理学科卒業後、九州大学大学院理学研究科(天草臨海実験所)で博士(理学)の学位取得。筑波大学に18年間勤務後、2011年より現職。海洋生物生態学を専門とし、フィールドでの観察・実習を中心とした教育に情熱を注ぐ。小中高生や保育園児向けの観察会、一般向けの海洋生物ガイド、さらには研究者による絵本制作にも取り組む。

原点は“感動体験”──海へのまなざしは子ども時代から
千葉県外房の九十九里浜や神奈川県の真鶴半島の海での子ども時代の原体験が、青木先生の海へのまなざしの出発点でした。
「砂浜で地引網にかかった生き物を触ったり、透明な海中でスノーケリングをしたり。『すごい!』とワクワクする気持ちが、研究に至る原体験になったのだと思います」
学生時代には沖縄や伊豆などでのスノーケリングやスキューバダイビングに熱中。そんな折に図鑑では名前のわからないエビやカニを見つけて、国立科学博物館の甲殻類研究者に手紙を書いた。その出会いがきっかけとなって、海洋生物の研究の世界への扉が開いた。
研究と教育の関係──“発電と送電”のたとえ
「研究は発電、教育は送電だ」というのが筑波大時代の恩師の教えです。
新しい事実を発見し、それを学生や社会に伝える。青木先生はその流れを大切にしています。
「基礎的な知識を伝えるのはもちろん必要なことですが、研究を通じて『世界中で誰も知らなかった事実を見つけ出すことができる』ことや『見えなかった世界が見えるようになる』ことの面白さを、実感してほしいのです」
遺伝子解析に基づく生物学的な研究が盛んになった現代にあっても、顕微鏡で観察した生物をスケッチする学生実習は大切。「描く」ためには「観察すること」が必要。描こうとすることで “構造や機能に気付く” 経験ができ、生物に対する理解が深まるといいます。
“受け身の学生”にどう向き合うか
「私が大学での職に就いた30年前から、学生の研究に対する自主的な取り組みの意識が、だんだんと希薄になってきたように感じています」と青木先生は語ります。
懸命な受験勉強の末に東北大学に入ってきた学生たちであっても、必ずしも “自分で問いを立てて研究を進める力” が備わっているわけではない。とくに、与えられた課題には取り組めても、自分で工夫しながら研究を進めていくことには戸惑う “受け身の学生” も多い。
「だからこそ、あえて “やってみてもなかなか進まない” 試行錯誤の機会を設ける場合があります。容易にはうまくゆかない状況を切り抜けようと考えることが、自分自身の力で踏み出すために役立つと思っています」
教員の役割は、その状況を見て「ほったらかしにしない」こと、でも「やりすぎない」こと。ちょうどいい “間合い” を見計らうのが、工夫のしどころ、難しいところ。学生には、フィールドでの実体験を重ねる中で自ずとエンジンがかかるタイプもいれば、最初にやり方を示す必要があるけれど、そのあとはどんどん自走できるタイプもいます。人によって様々。
「だから、個性に応じて、研究テーマの立て方やプレゼン・論文の指導方法を変えるようにしています。教員と学生も、簡単にはお互いを分かることができません。だから、できるだけ危機感も含めて共有し、共に考えながら研究を進めることを意識しています」
伝えたい科学の魅力 ── “背中を見せる” 絵本づくり
青木先生は、仮説社の『海のナンジャコリャーズ』シリーズで、研究者として絵本づくりに取り組んでいます。この8月には第4弾の「てんぐさ」が発売されました。
「子ども向けに “わかりやすく” しようとすると、どうしても大人の理解の枠内で内容を制限してしまうことになると思うのです。子どもには、大人が思うよりも深くて広い理解ができる可能性があります。だから、研究者の立場から、知識の上限を取り払った “本気” の内容をそのまま届けたいと思うのです。すでに企画された本の内容の正誤を確認するのが『監修者』ですが、私たちは、研究者のワクワク感を伝えるために『著者』として絵本の制作にあたっています」
『海のナンジャコリャーズ』シリーズの絵本は、「本文」とその解説に相当する「ふろく」の二層構造になっています。本文は小学校低学年の読み聞かせでも楽しめる内容にしつつ、「ふろく」には科学的な背景や詳細をまとめ、読み聞かせする親などの大人や成長した子どもたちが学びを深められるのです。
科学的に正確であることと面白さを両立させる。知りたいことに関する知識をたぐり寄せながら、驚いたり発見したりする喜びを、絵本という形で届けることは、子供達にとっての自発的な「学びの場」だと青木先生は語ります。
教育の現場は“探究の場”
「遊びが学びであり、学びが遊びなのです」
この一言に、青木先生の教育観が凝縮されています。
例えば、伊豆下田で観光客の方々から保育園の子どもたちまでを対象に行なった磯の生物の観察会。夏の夜に行なった、ウミホタルの採集と観察の会。そこでは、見たことのない不思議な生き物との出会い、“ワクワク” の瞬間がたくさん生まれていて、まさに遊びが学びの入り口になっていたのです。
「小さな子供たちは、わかったふりをしないので、本当に面白いと思った時に反応してくれる。子供たちの興味を引く内容であれば、大人も自然と引き込まれてゆきました」
面白さとは、自分の考え方に “新しい見方”が生まれる瞬間や自分の心の中に“新しい場所”ができる瞬間。遊びとしての観察会などを通じて、そんな時が舞い降りることが、学びのきっかけになるというのです。
「人の生み出すものがアートであれば、科学だってアートです。何かを見聞きした時、ふいに心に新しいきらめきが宿る瞬間に価値があると思うのです」
「自由」と「放任」は違う──学びに“ストーリー”を持たせる
「自由に学んでいいよ」と言うのは簡単ですが、それだけでは “自由” にはなりません。青木先生は、学生に「自由に学ばせる」ためには、教員側の工夫が必要だと言います。
「放任しているように見えるけど、最後に “締めるところは締める”。学会発表や論文作成に至るまでのプロセスには “ストーリー” が作れるように心掛けています」
研究してきた内容が “首尾一貫した流れ” になるように取りまとめてゆく、問いを持ち、仮説を立て、確かめ、共有し、振り返るという一連の流れ、すなわちストーリーを作ることが大事だと学生には伝えています。
「知りたいことにどこまでも手を伸ばせるのが “自由”です。その邪魔をしないように、でも、まとめ上げるまでには良いストーリーを作れるように、寄り添いたいと思うのです」
未来の教員へ──“まずは面白がること”
最後に、これから教員を目指す若者や、日々の教育に悩む現場の先生の方々へのメッセージを伺うと、青木先生は穏やかに、こう語りました。
「先生がワクワクしていると、そのワクワクに学生たちは反応してくれると思います」
研究室では、学部生から博士課程の大学院生まで約20名の学生を指導する青木先生。個性も経験値も異なる彼らと向き合う “正解のない” 時間の中で、学生たちに “成長の兆し” が見えてきた時は喜びを感じるといいます。
「教育には正解がないですよね。だからこそ、悩んでも迷っても良い。ただ、その最中にあっても、“ワクワクを探すこと、面白がってみること” が大切だと思うのです。一生懸命やったこと、工夫したこと、そこから生まれた喜びは、きっと伝わるはずです」
取材あとがき
「自分がワクワクして面白がっていることが、人にいちばん伝わるのです」──青木先生のこの言葉が、取材後もずっと心に残っています。
観察することの奥深さ、研究の面白さ、そして “教えすぎない” ことで学びが始まること。そのすべてに共通していたのは、教員自身が「ワクワクし続ける人」であるということ。
教育とは、先にいる誰かの “背中” を見せること。その背中が “本気で楽しんでいる” なら、きっと子どもたちは何かを受け取ってくれるはずです。


