The Teacher's Learning

江尻寛正先生(岡山大学 准教授/NITSフェロー)が語る“教えない”教育を心掛けてきた思い──子どもの主体性を引き出す授業と学びのデザイン
取材日 : 2025.06.27
岡山大学 准教授/NITSフェロー

江尻寛正 先生

江尻寛正先生(岡山大学 准教授/NITSフェロー)が語る“教えない”教育を心掛けてきた思い──子どもの主体性を引き出す授業と学びのデザイン

記事の読みどころ
本記事では、民間企業・教員・海外勤務・教育行政・教師教育といった多様なフィールドで実績を重ねてきた江尻寛正先生に焦点を当てます。小学校英語との出会いを契機に「教える」から「教えない」へと転換した授業観、教員研修を“座学”から“探究”へとシフトさせる発想、そして「まず動く」バイタリティ。その教育観には、変化の時代を生きる先生方にとって多くのヒントが詰まっています。

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みなさん、こんにちは!

現場の先生方の実践を紹介する連載「プロジェクトE」。第7回は、岡山大学 准教授/NITSフェロー 江尻寛正先生にお話を伺いました。

江尻寛正先生のプロフィール

岡山大学学術研究院教育学域 准教授。NITS(教職員支援機構)フェロー。
大学卒業後、スポーツクラブのインストラクターを経て小学校教員に転身。京都府、東京都、サンパウロ日本人学校、岡山県の教員を歴任後、岡山県教育庁や文部科学省勤務を経て現職。専門は小学校英語・教師教育・教育行政。「教えない教育」「教員が学び直す環境づくり」を軸に、全国の教員研修や教材開発にも従事している。趣味はサッカーと旅行、それから映画。

教員を志した原点──“教える”ことの限界から

もともと江尻先生は、サッカーの指導者として子どもから大学生まで幅広く指導をされていました。ところが、一生懸命教えても「疲れた」と突然やめてしまう小学生の姿に直面し、「なぜ中学生以上のように前向きに続けられないのか」と違和感を覚えたことが小学校教員への転機となります。

「子どもが前向きになるには、どうすれば良いか」

この思いを胸に、小学校教員としてのキャリアがスタートしました。

“教えない”授業とは──英語教育が変えた教育観

キャリアの中でも転機となったのが、小学校英語との出会いでした。当時、東京のある小学校で英語教育を研究することになった江尻先生は、子どもたちの「学ぶ理由がない」状況に直面します。当時、小学校で英語の授業をしている学校は、全国でも数えるほどしかなかったからです。

「与えるだけでは子どもは学ばない。どうすれば“やってみたい”と思うのか」

この問いが江尻先生の実践を大きく変えました。正解を教えるのではなく、問いや仕掛けをして学ぶ意欲を引き出す“教えない授業”へと舵を切ります。

ある授業例:「オリジナルランチ」の展開

6年生の授業。ALTと栄養士、江尻先生との3人T.T.です。栄養士は、たまたま帰国子女で、英語がペラペラだったそうです。

栄養士が牛乳パックのイラストを見せて、“What color?”と問います。江尻先生、ALTは“It's white.”と回答。栄養士が子どもたちに尋ねると、子どもたちも“It's white.”と答えるものの、子どもたちが栄養士に“What color?”と尋ねると、“The answer is ... Red!”。その学校の給食では赤いパックのメグミルクが出ていたため、子どもたちは何となく納得。ただ、続いて出てきた豆腐のイラストが“Red.”、リンゴが“Green.”、ごはんが“Yellow.”となると、子どもたちの頭にはハテナがいっぱい浮かんできました。

そんな時、クラスのムードメーカーのF君が「俺、分かったかも!」と言って、机の中を探り、ある教科書を取り出します。「やっぱりそうだ!!!」と大興奮。これがクラス全体に広がり、「うわぁ。確かにそうだ!」「なるほどね!」といった声でいっぱいになりました。F君が出した教科書は家庭科のもの。栄養素の色を表していたのです。

江尻先生は言います。「教科横断という言葉が今では当たり前です。ただ、「教科横断の授業を「教師が」考える場合も少なくない。教科横断をするのは教師ではなく、子ども自身だと私は考えます。学んできたことを、色々な場面で活用できることこそ大事な力だと思います。教師は、それが発揮できる授業デザインをするのが大切だと思います。」

そして、この授業はまだ続きます。子どもたちは、自分が大好きなおかずを組み合わせたオリジナルセットメニューをカードやイラストで作成。そして、ALTと栄養士に見せに行きます。ALTは“Looks delicious!““I like that too!”などと言いますが、栄養士は“No, good.”の連発。栄養士は、栄養素がバランスよく含まれているかを見ているのです。

栄養士の“審査”を通過したメニューは、黒板に貼り出されます。その中で、人気投票。栄えあるクラス1位が決まります。そして何と!この1位のメニューは、次の月、本当に給食のメニューとして出てくるのです。

この実践は、今から約20年前に行われたものだそうです。当時から、江尻先生が“教えない”ことを通して、“学ぶ意欲”を引きだしているのがよく分かる実践だと思います。

当時の他の実践は、「教えない英語教育」(市川力、中央公論新社、2005年)の中で紹介されているそうです。また、アクティブラーニングを意識した“子どもが学修する”小学校英語教育実践(「楽習」から「学習」そして「学修」へ)を、以下のサイトで紹介しているそうです。

引用:【教育つれづれ日誌】 https://www.manabinoba.com/tsurezure/author/_189/

異文化での教育実践──“違い”を楽しむ姿勢

江尻先生は、サンパウロ日本人学校でも教鞭を執りました。異文化の中で、日本の教科書では通用しないリアルな課題に直面します。

例えば、理科でオクラを育てる授業。日本では、「日なたが良く育つ」と教えますが、ブラジルでは日差しが強すぎて、逆にオクラがすぐに枯れてしまう。そこで、現地に合わせてカリキュラムを柔軟に再設計する必要がありました。他にも、在籍児童は海外を転々としているため、小学生で英検2級という子も。そんな経験が、子どもそれぞれに応じる大切さに気付く機会となり、教育観に大きな影響を与えました。

また、文化の違いも変化を促しました。最初は戸惑ったブラジルの“ハグ”の文化も、いつしか同僚の日本人同士の挨拶でも自然にするようになっていったといいます。

「違いを拒むのではなく、楽しむこと。教育も同じです」

教員の学びとは──「教えられた気になる」からの脱却

大人の学びと子どもの学びの違いを、研究者は次のように考えることがあるそうです。

  • 子ども:いつか役に立つ知識の蓄積
  • 大人:今すぐ役に立つ知識の蓄積

そして、教員という立場は高度専門職であるため、自分自身と向き合う省察が大切と江尻先生は述べます。サイクルを回しながら、子どもをしっかり見取り、課題解決に資すると考える最適解を試し、振り返り、また問い直すような存在であるべきだと語ります。

「型通りに教えていても、多様な子どもたち一人ひとりには届かない。子どもは本当に学んでいるか。教師こそが学び手であり、探究する必要があるんです。ただ、教師自身、これまでの長い被教育経験の影響もあり、『うまくいく方法を教えてほしい』という気持ちとの間で葛藤する場合もある。」と言います。

教員研修の再構築──「学ぶ環境」をつくる

文部科学省や教育委員会での勤務を経て、江尻先生が痛感したのは「研修が形式化している」ことへの問題意識でした。教員が“教えられる”研修から、自ら問い、学び合う“探究の場”への転換が必要だと感じ、現在の研究にもつながっています。

その実践の1つが、参加者同士が問いを持ち寄り、学びのプロセスを共有しながら意味をつくっていくような「教えない」研修デザイン。大学院で学んだインストラクショナル・デザインの知見や教師教育の理論を踏まえ、教員研修をより良くしていこうとしていると言います。

そのために今は、教員研修を担う指導主事の「学ぶ環境」をどうつくるかということに関心があるとのことです。

行政と現場の“翻訳者”としての役割

教育行政にも長く関わってきた江尻先生は、国の施策が「現場に届かない」と言われがちな中でも、行政の中に現場視点を持ち込むことの重要性を語ります。

「文科省は現場を理解しようとしている。でも、それが伝わらないのは“伝え方”と“受け取り方”の双方の問題。文科省の考えを現場に届ける“翻訳者”とともに、聴き手を育てる“ファシリテーター”の役割を担う心構えが教育行政には必要なんです」

これから教師を目指す人へ──“面白がる力”を持とう

江尻先生が若い教員に伝えたいのは、「自分から動くこと」「面白がること」。

「ディズニーランドに来て、ずっとベンチに座っていたらもったいない。悩んでいる暇があったら、まずアトラクションに乗ってみよう」

過去に書籍で読んだそんな話をしながら、「教育は、想像以上に創造的で自由な仕事だ」と語りました。だからこそ、自分から動き、失敗したことも含めて面白がってほしい。それは無責任なのではなく、子どもが成長するためのモデルを示すことにつながると考えているということでした。

取材あとがき

江尻先生の語り口は、情熱に満ちていながら押しつけがましくない。そのエネルギーは、まさに「まずはやってみる」から生まれているように感じました。取材を終えた今、「教えない教育」とは、子どもだけでなく教員自身にも向けられたメッセージなのだと実感しています。

写真:江尻先生の研究室の本棚には、先生の教育観が表れる書籍が並んでいます。
株式会社NOLTYプランナーズ