貴校の教育理念・方針を教えてください
学校の中心理念として掲げているのが「共感とアクション」です。心を動かし、自らアクションを起こす。この実践をすべての土台に置いています。
NHKでチーフ・プロデューサーとして勤務後、教育現場へとキャリアチェンジする上で大きな転機となったのが、生成AIの急速な台頭でした。実際に自分で使ってみて、このスピード感についていける子とそうでない子の間で、知識や活用の大きな格差が生まれてしまうという強い危機感を覚えました。
激変する社会において、世間では「AI時代にどう適応するか」ばかりが議論されがちです。しかし私は、変化にただ受動的に合わせるのではなく、「社会は自分で変えられるんだ」という実感を、子どもたちに持ってほしいと強く思ったのです。
ここで言う「社会を変える」とは、何も世界平和のような壮大な話に限ったことではありません。クラスの雰囲気を良くしたり、部活動でのトラブルを解決したり、身の回りの環境を変えることも立派な変革の一つです。
そして、そのように自分の周りを変えていくためには、まず心を動かさなければなりません。心を動かせなければ、AIと同じです。唯一、心を動かせることこそが人間であり、心が動けば人は自ずとアクションを起こさざるを得ません。誰かのために心を動かし、自ら行動を起こす。この「共感とアクション」の循環を、本校の教育活動すべての中心に据えています。
「共感とアクション」は、探究活動や学校行事などの実践において具体的にどのように育まれているのでしょうか
本校の探究活動では、ネット上の情報だけで完結させず、現場に足を運んで当事者と直接会うことを促しています。
例えば、「茨城で外国人が増えて治安が悪化しているのではないか」という問題意識を持った生徒がいました。放っておくと安易な外国人排斥的な思考に流れてしまいかねません。
そこで「なぜそう思うのか?」「根拠はあるのか?」と対話を重ねた上で、「茨城にはたくさんの外国人労働者が働いているよね。白菜やキャベツの畑に行って直接話を聞いてみたら?」と促しました。
実際に現場で働く外国人の姿を目にした生徒は、「一生懸命働いている人がたくさんいました」と報告してくれました。そこで次は「古河市の国際交流協会へ行ってみたら?」と提案し、相手の心を動かすアポイントメールの書き方も一緒に確認しました。「30分でいいから会いたい理由と、あなたの想いを熱く書くんだよ」という助言のもと、生徒は自力でアポを取ることができ、誘われた日本語教室でボランティアを始めたのです。その際も「1、2回でやめずに、最低10回くらい通ってみたら見えてくるものがあるんじゃない?」と伝え、自ら気づきを得るよう背中を押しました。
教室に通う中で、ある生徒が一人のベトナム人と出会います。その方は実用的な場面に即した日本語が学べないことに悩み、やむなく教室を辞めることになってしまったのです。「あの人が学び続けられるようにしたい」という思いが芽生えたその生徒は、パソコンが得意ではなかったにもかかわらず、ChatGPTなどの生成AIを活用してわずか3時間で、YouTubeなどの動画をキュレーションし、知りたい言葉を打ち込むと学べる学習支援アプリのプロトタイプを開発しました。
「誰かのために何とかしたい」という心が動いたときに、人は想像以上の力を発揮します。まさに共感が主体的な行動を引き出したできごとでした。
学校行事でも「自分が楽しければいい」という企画は一切認めず、「誰かのためになるか」を常に生徒に問いかけます。
あるとき生徒たちが「文化祭の閉会式であるプロジェクトをやりたい」と相談に来た際も、半年間かけて対話を重ね、「本気で実現させたいなら、どうすればいいと思う?」と問いかけながら、高いハードルを示しました。学校の予算は一切出せないことがわかると、生徒自ら何度も企画書を練り直し、PTA会長へ直談判して、20万円の活動資金を獲得してきました。
実現させたのは、体育館で100個のランタンを上げる企画です。演出を考える際も、最高学年だけが満足して終わらないよう、「中学1年生から高校3年生まで全員が当事者として感動して泣ける演出にできたら素敵だよね」と投げかけました。生徒たちは試行錯誤し、一部の学年だけが目立たないよう隊列を組み直して輪を作り、外の朝礼台をセンターステージとして持ち込むために体育科の教員へ安全確認や交渉を行うなど、準備のすべてを生徒たち自身でやり切ったのです。
教員にも常々、「手取り足取り指示を出さず、高いゴールを示して対話に徹していきませんか」と伝えています。あえて高い目標を与え、生徒自らに企画、資金調達、リスク管理、失敗、そして振り返りを経験させることが、本当の主体性を育むと考えています。
生徒たちに「自分で気づき、心を動かし、行動を起こすこと」を促す一方で、校長先生ご自身は日々現場で生徒たちとどのように接していらっしゃるのですか?
もともとジャーナリストとして現場の取材やヒューマンドキュメンタリーの制作に長年携わってきました。「自分の目で見て、耳で聞いたこと以外は信じない」というのが私の原点です。ですから、校長室にじっと座って会議の報告を待つのではなく、自ら現場に出て生徒たちと関わることを徹底しています。
毎朝昇降口に立ち、終業式などの集会には早めに体育館へ足を運んで生徒たちに声をかけ続けます。特に注視しているのは、生徒たちの「小さな変化」です。挨拶を交わす中で、ほんの一瞬だけ視線を長く合わせる子や、いつもと様子が違う子は、言葉にできないSOSのサインを出しています。下校時、みんなが一斉にスクールバスに乗る時間に一人でぽつんと座っている生徒がいれば、家庭の悩みや切迫したSOSがないか声をかけ、耳を傾けます。
子どもが大人の助けを求めて手を伸ばすのは、ほんの一瞬です。その一瞬を逃してしまえば次はないかもしれません。だからこそ、生徒との時間を最優先にしています。また、生徒の課題を感知した際は、担任にも相談した上でスクールソーシャルワーカーなど専門職と連携し、学校全体で支える体制を整えています。
教職員や保護者とチームとして連携するために、校長の立場から心掛けていることはありますか?
教員に対しては、日頃から「あなたの見立てはいかがですか?」と問いかけることを大切にしています。
会議などではただの報告だけで終わらせず、「高度な専門職である先生自身の見立てはどうなのか」を必ず引き出すのです。私は福祉や現場取材の視点から、教員は長年の知見やデータを持つ教育のプロとしての視点から、意見を出し合います。それぞれの強みを掛け合わせることで、大きな相乗効果が生まれると実感しています。
そして保護者に対しても、同じスタンスで向き合っています。「保護者の皆様はお子さんに関して一番よく知る専門家です。一方で、学校は何百人もの生徒を見てきた『教育の専門家』です。プロ同士として対等に対話しましょう」とお伝えしています。
互いの知見を持ち寄って、子どもを真ん中に置いた対話をする。こうした関係性ができてこそ、教員も専門職としてのプライドを持ち、安心して子どもたちと向き合うことができるのだと考えています。
貴校ではスコラ手帳を導入いただいております。「共感とアクション」や主体性を育む教育理念の中で、スコラ手帳はどのような位置づけにあるのでしょうか
手帳は、「使うこと」そのものが目的ではなく、本質は「時間の使い方を自分でデザインし、自分の人生の舵を自分で取ること」にあると考えています。
実は本校での手帳活用にあたっては、生徒からの反発に直面した時期がありました。高校生のあるクラスで、自律を促そうとするあまり、教室内の連絡掲示や時間割の案内を取りやめ、「これからは全部手帳に自分で書きなさい」と運用を変えたためです。「今さらなぜ紙の手帳なのか、時代に逆行しているのではないか」、「テスト範囲すら教えてくれないのは不親切だ」と戸惑いや不満の声が上がりました。
そこで学校全体のビジョンと手帳の役割を再定義しました。「手帳を書かせること」が目的なのではなく、次期学習指導要領の核であり本校が目指す「自分の人生の舵を自分で取る」ために、時間をマネジメントする力をつけるのだ、と。管理職や教務主任たちと会議を開き、その場でブレインストーミングを書きながら、このストーリーを教員全体で共有しました。
手帳活用を「時間の使い方」という上位のビジョンに位置づけ直すと、教員の足並みも揃いました。生徒に勉強を頑張ってほしい先生も、部活で成果を出したい先生も、すべては「時間をどう生み出し、どう使うか」という共通の文脈で語れるからです。
生徒たちに対しても、「勉強も部活も根性で頑張れ」といった精神論は言いません。「あなたの人生なのだから、時間の使い方を自分で考え、必要な時間を自分で捻出してみよう」と伝えるだけです。そうすると、「テスト前で残り時間がないからこそ、探究活動の取材アポは今日中に取ってしまおう」といったように、自ら優先順位をつけて自走できるようになっていきます。
急速にデジタル化や生成AIが普及する時代において、手帳や手書きなどアナログな体験の価値、そして学校が果たすべき教育の役割をどのように考えていますか
冒頭でお話しした「共感とアクション(心を動かし、行動を起こす)」という教育理念は、まさにこの「身体性」と直結しています。
集会などでも生徒には「本を読んで、ページをめくってみよう、美術館に足を運ぼう」と伝えています。紙の本をめくる際の間(ま)や、早く読む・ゆっくり読む・ページを前に戻るといった一連の動作、そして美術館の作品を目掛けて歩き、振り返って鑑賞する体験そのものが、かけがえのない身体性です。これらをなくしてしまえば、人間はAIやロボットと変わらなくなってしまいます。
実際、生徒にアンケートや端末のフォームで文章を入力させると、SNSのような短い一文だけで終わってしまい、論理的な深まりや日本語の起承転結が抜け落ちてしまう傾向があります。一方、手書きの原稿用紙に向き合わせると、裏面までびっしり書いたり、図を書き加えたり、文字の大きさを変えたり、下線を引いたりと、思考や熱量が文字にそのまま表れます。そのため、授業や作文は手書きに戻していかないかと提案もしています。
プレゼンテーションの資料作成や生成AIの操作などは、教えなくとも子どもたちは自分たちで驚くほどのスピードで習得していきます。学校が教えるべきはツールの使い方ではなく、手書きや実体験を通じてじっくり思考を深める身体性や、AIを扱う上での倫理・哲学、そして他者への想像力や配慮であると考えています。学校はそうした「生徒が人間として心を動かし、時間をかけて考え、行動できる場」であり続けたいと思っています。
茨城県立古河中等教育学校ホームページ>>>
https://www.koga-cs.ibk.ed.jp/


