今までのご経歴と現在注力されていることについて教えてください。
埼玉県立高校の英語教師としてキャリアをスタートし、その後、県教育委員会と学校現場を行き来しながら、教員としての経験を積んできました。2011年には、さいたま市の教育委員会や市立高校の校長として勤務、2017年からは教育長として2期6年にわたり、市の教育行政を担いました。在任中、さいたま市の中学生の英語力は全国トップを6年連続で達成、全体的な学力向上や多様な分野で活躍できる人材の育成に力を注ぎました。
2023年に教育長を退任したあと、『世界基準の英語力』という書籍を出版し、全国各地で講演活動を行うようになりました。その結果、多くの市町村の首長や教育長から教育改革への参画を依頼され、現在は5つの自治体で教育政策アドバイザーとして具体的な支援を行っています。同時に美術館の館長や大学教員としても活動を続け、各地で教育改革に取り組んでいます。
さまざまな自治体の教育現場に関わる中で、共通する課題はございますか?
やはり大きな問題は少子高齢化です。さいたま市の教育長を務めていた頃は、0歳から14歳までの子どもがいる家庭の転入数が9年連続日本一となり、子どもがどんどん増えていました。もちろん、国全体として、人口減少や少子高齢化が進んでいる事実は理解していましたが、実際に地方のさまざまな自治体に足を運んでみると、その状況の深刻さは想像をはるかに超えていました。さいたま市や東京のように人口が増え続ける自治体は、全国1741ある自治体の中でごく一握りで、現在私が参画している自治体や講演に招かれている自治体の多くが、人口減少に直面しています。
このような状況を考えると、ほぼ全ての自治体で共通する課題として、少子化による学校の小規模化と、それに伴う教育課題があります。
少子化が進んでいく中で、学校の在り方はどう変わっていくべきだとお考えですか?
自分が生まれ育った故郷が持つポテンシャルや、生き生きと輝くような魅力をしっかり知り、それを体験させることが、学校教育において非常に大切だと考えています。
自治体の首長と話していても、子どもたちが生まれ育った地域に対して「豊かな学びを学校教育の中で体験できた。」「この自治体のために新しい価値を創造したい」と思えるような教育を提供したいという強い思いが共通しています。
小さな町の場合、子どもたちは故郷を出て、高等教育を受ける中で専門性を身につけていくことになります。例えば、ITの専門家、環境問題のエキスパート、あるいは政治や法律の知識を持つ人材など、自分の専門性をしっかりと獲得した後、心の中にある、生まれ育った地域の素晴らしさやポテンシャルと、自らが獲得した専門性を掛け合わせる。そうして、何か新しい価値を生み出したいと思えるような子どもたちを育成していくことが、何よりも重要だと思います。
また、今の子どもたちが成長し、この社会を担う頃には、もはや一つの自治体にだけ住む時代ではなくなるでしょう。国も提唱しているように、複数の住民票を持つ制度や、二拠点・三拠点での暮らしが一般的になり、多様な地域でさまざまな価値を生み出していくような生き方を送る時代になると考えられます。だからこそ、そうした未来で自らの力を存分に発揮できる子どもたちを育成していく必要があると思います。
地域に根差した学びと、多様な生き方に対応できる人材を育成する上で、そこにグローバルな視点が加わることの必要性について、英語の教諭としてどのようにお考えですか?
私が高校の英語教師として教壇に立っていた頃の「グローバリズム」と、現在の「グローバリズム」は大きく様変わりしています。私自身は今、「内なるグローバル化」にも着目すべきだと考えています。
なぜなら、人口減少局面に入り、2050年には人口が1億人を切るかもしれないという状況で、今と同じ、あるいはそれ以上の生産性を維持していくためには、この国を愛し、共に働ける外国にルーツを持つ仲間たちと、豊かに理解し合いながらこの国を支えていくことが非常に重要になるからです。これが、私が着目している「内なるグローバル化」です。
人口が減り続ける日本において、今後多くの外国の方々が来日することは避けられないでしょう。その中で、いかに分断することなく、共に働き、生活し、生きていくか。目の前の子どもたちが、そのような時代を豊かに生き抜くためにはどうすれば良いか。これは次の学習指導要領の議論においても非常に重要なテーマです。
さいたま市教育長時代にはICT活用にも力を入れておられました。現在の学校現場におけるAIも含めたデジタル技術全般とアナログの活用について、どのようにお考えですか?
AIはすでに私たちの生活にかなり浸透してきています。これからの子どもたちは、AIが社会インフラとなる時代を生きることになるので、当然のことながら、AIと自分らしく向き合いながら豊かに生きていけるようになるべきだと思います。
そして、AIも含めたデジタル技術全般とアナログの関係性についてですが、私自身は、例えば“手書き”とデジタルを自分の中でうまく融合させ、使いこなしています。それぞれの良い点を組み合わせ、適切に使いこなしていくことも重要だと考えます。
特に、中央教育審議会(中教審)のデジタル教科書推進ワーキンググループに所属していた立場から申し上げると、デジタル教科書については、教科書が全てデジタルに置き換わるという誤解や、それに伴う否定的な意見も見受けられました。しかし、議論の内容を詳しく見れば理解できるように、紙媒体の良さとデジタルの良さの両方をうまく組み合わせながら教科書を作成し、活用していこうという方針です。
結局のところ、極端な二者択一ではなく、AIやその他のデジタル技術、そしてアナログそれぞれが持つ強みや使いやすさは、個人や場面によって異なります。そのため、それぞれの利点をうまく見極め、活用していくことが、しばらくの間は鍵となるのではないでしょうか。
子どもたちがデジタルとアナログの利点を理解し、最適な活用方法を見つけ、使いこなせるようになるためには、どのような働きかけが必要だと思いますか?
子どもたちに選択させ、自己決定する力をつけさせることです。なぜなら、私たちは今、「人生百年時代」と言われています。そして、マルチステージの人生を「あなたの生きたいように生きていい」と伝えられる時代です。
しかし、そうした中で教育長時代に高校生と意見交換した際、「自分で決めなきゃいけないのは大変だ」と返された経験があります。これは、私たち教育に携わる者が、長く「こうあるべきだ」「この方が効率が良い」と決めつけ、子どもたちに自分で考え、選択する機会を与えてこなかったツケだと痛感しました。例えば、「デジタルの時代だから手書きはもうやめて全てデジタルにしよう」と大人が一方的に決めてしまうようなものです。
どの自治体に行っても、私は授業の中で「小さな自己決定をたくさん用意しましょう」と提案しています。例えば、子どもたちがリサーチ結果をプレゼンする際、PowerPointを使うか、Canvaを使うか、あるいはポスターセッション形式にするかなど、使用するアプリケーションや表現方法を子ども自身に選ばせる。そうした小さな自己決定の機会を多く提供することで、子どもたちは「自分で考え抜き、何かを決め、それを実行し、そしてそれに責任を持つ」という、人生で最も大切な営みを経験できます。
自己決定することには自己責任が伴いますが、それは決して重いものである必要はありません。何度でもやり直しがきくものですから。そうした懐の深さ、寛容さを、大人や社会が持つべきだと考えます。
小学生の頃から自分で考え、自分で決める経験を積み、「ああ、失敗しちゃった。だったら、また考え直そう」と前向きに取り組めるような、そのような学びの場を提供していきたいと強く願っています。
細田先生は手帳を愛用しているとお聞きしました。手帳は細田先生にとってどのような存在ですか?
私自身の経験を振り返ってみても、受験勉強など、「これをクリアしないと次のステージに進めない」という人生の重要な局面がいくつもありました。そんな時、いつも私を支えてくれたのは、手書きの手帳でした。例えば、英語が好きだった私は、高校受験や大学受験の際、手帳に「今日は500~650ワードの英文を4つ読めた」と記録し、それを自分で褒めていました。一日を終え、勉強が終わった時に「今日もこれだけできた」と達成感を味わい、たとえ次の日に思うように進まなくても、その積み重ねが自分を鼓舞し、支えになってきたと強く感じます。手帳は、私が苦しい時にずっと支え続けてくれたパートナーであり、お守りのような存在です。
世の中のすべてがデジタル化し、AIが社会インフラとして隅々までサポートし、あるいは知らぬ間に私たちを誘導するようになる可能性も否めません。どのような時代が来るか、まだ定かではありません。だからこそ、思春期の真っただ中、つまり自分自身を形成していく学生時代に、自分の価値観や哲学、「生きるとはどういうことか」といった問いに本気で向き合ってほしい。中学生・高校生というこの時代だからこそ、あえて手帳によって自分と向き合う機会を作ってみてはどうでしょうか、と私は思います。
それでは最後に、教育現場で日々奮闘する教師の皆様へメッセージをお願いします。
私が考える、教師、あるいは教育の最上位目標は、子どもたちが自分の人生を自己決定する力をつけ、心身ともに幸せで豊かに暮らしていけるよう、それぞれの発達段階に合わせた基礎力を育むことだと信じています。
教育現場では、生身の子どもたちを相手にしている以上、様々な問題が日々発生し、その対応に追われる日も少なくありません。そのような日々の具体的な業務と、「なぜ私が教育に携わっているのか」という抽象的な上位目標を結びつけることが重要です。困難な日々が続いたとしても、時には子どもたちが合唱祭で元気いっぱいに歌う姿に涙が溢れ出すような日があります。そうした瞬間が、私たち教師の心を豊かにしてくれるのです。
だからこそ、教師には「なぜ自分が教育者になったのか」、「この子どもたちにどんな人生を歩める力をつけてほしいのか」といった上位の目標と、日々の具体的な業務とを往還する力を身につけてもらいたいのです。「頭がいっぱいで、こんなことに力を注ぐ余裕はない」と考えてしまわず、自分がなぜ教育に携わっているのかという上位目標と具体的な日々の業務を常に行き来させながら、自分の仕事を俯瞰的に見ていく力が非常に大切だと、常々思っています。


