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高校では22年度から施行される新学習指導要領。教科探究や総合的な探究の時間など新しい試みが多く行われます。その中の目玉の一つであるアクティブラーニング(Active Learning、いわゆる能動的学修)。従来の講義型中心だった授業から学習者中心のグループワークやディスカッション、ディベート、体験学習などが含まれた授業への質的転換として注目され、多くの高校や大学で実践例があります。社会人教育の中でも研修などで実践されることが多いアクティブラーニングにはどのようなポイントやメリットがあるのか、具体的にみていきたいと思います。
アクティブラーニングとは?
そもそもアクティブラーニングとはどのようなものなので、なぜ、教育界で注目を浴びているのでしょうか。定義や時代背景とともにみていきたいと思います。
●アクティブラーニングの定義とは?
アクティブラーニングには様々な定義があります。その多くは教師が知識・技能伝達のためだけに一方向のみで行われる講義形式の授業だけではなく、生徒の積極的・能動的な参加を取り入れた学習法というニュアンスではないでしょうか。これは講義型の授業を否定しているのではなく、講義と生徒が積極的・能動的になる時間を組み合わせることでより良い実践を増やそうとする試みと言えます。例えば一つの授業時間の中で講義とグループワークを組み合わせてみるもしくは講義とプレゼンテーションを組み合わせてみるなどの実践や講義とプレゼンテーションを交互の授業時間で行うなどの実践になります。
●アクティブラーニングが重視される背景
そもそもなぜ、アクティブラーニングが必要とされているのでしょうか。
2020年に突如起きた新型コロナウイルスの蔓延のように現代社会は予測困難な時代(VUCA時代)と言われています。※VUCA:Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)の頭文字をまとめた言葉
デジタルトランスフォーメーション(DX)や人工知能(AI)などテクノロジーは驚異的な速さで発展し、これまで不可能と思われていたことを次々に実現させています。例えばテレワークやオンライン授業など身近なものから、民間人の宇宙旅行などSF映画のようなことまでも挙げられます。これらテクノロジーの発展はグローバル化を促進させ、海外に移住したり、働いたりすることはもちろん、身近にコミュニケーションをとることなど数年前では考えられなかった状況を生み出し、その状況に対応できる人材が社会や企業で求められています。
このような社会背景の中で、文部科学省は新しい学習指導要領において主体的・対話的で深い学び(いわゆるアクティブラーニング)を推進し、これらの時代背景に沿った人材育成を行うことを目指しています。それは単に「何を学ぶか」という学習内容だけではなく、「どのように学ぶか」という学び方や学びの経験、そして何よりも子供たち自身が「何ができるようになるか」という資質・能力の育成(キャリア教育)を重要視しているからです。
【出典】文部科学省「主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善」
アクティブラーニングの3つのポイント
●「主体的な学び」とは
文部科学省の資料には「学ぶことに興味や関心を持ち、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら、見通しを持って粘り強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる」こととあります。
これは学んだことを理解しているかということよりも、まず学ぶことそのものに興味や関心を持つことが重要であると読み取れます。また、学ぶことに興味や関心を持つことが、自己のキャリア形成の方向性と関連付きながらと書かれている点も特徴的です。これは生徒一人ひとりが自身の将来(短期的には進路や進学先、長期的には働いたり、異年齢の人と関わったりする中でどのような自己実現を果たしていきたいのかなど)に見通しを持ちながら、そのことと自身が今学ぶことがどのように結びついているかについて考えることが大切になります。学校生活や行事、学習などを通して都度振り返り、書いたり、話したり、発表などの言語化を通して少しずつ醸成していくものと考えられます。
同資料には例として以下の2点があげられています。
・ 学ぶことに興味や関心を持ち、毎時間、見通しを持って粘り強く取り組むとともに、自らの学習をまとめ振り返り、次の学習につなげる
・ 「キャリア・パスポート(仮称)」などを活用し、自らの学習状況やキャリア形成を見通したり、 振り返ったりする
●「対話的な学び」とは
文部科学省の資料には「子供同士の協働、教職員や地域の人との対話、先哲の考え方を手掛かりに考えること等を通じ、自己の考えを広げ深める」こととあります。
子供同士の協働という学校や教室での学びに加えて、地域の人との対話、先哲の考え方など、年齢、環境、考え方、人生観など様々なことが「異なる」人との対話を通して、受講者の考えや視野を広げたり、深めたりする活動を取り入れようとすることに重点が置かれています。学校の中だけではなく、価値観の異なる人との体験も対話が深まる学びとして重要視されています。
他にも同資料には例として以下の3点があげられています。
・ 実社会で働く人々が連携・協働して社会に見られる課題を解決している姿を調べたり、実社会の人々の話を聞いたりすることで自らの考えを広める
・ あらかじめ個人で考えたことを、意見交換したり、議論したり、することで新たな考え方に気が付いたり、自分の考えをより妥当なものとしたりする
・ 子供同士の対話に加え、子供と教員、子供と地域の人、本を通して本の作者などとの対話を図る
●深い学びとは
文部科学省の資料には「習得・活用・探究という学びの過程の中で、各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら、知識を相互に関連付けてより深く理解したり、情報を精査して考えを形成したり、問題を見いだして解決策を考えたり、思いや考えを基に創造したりすることに向かう」こととあります。
ポイントとしましては知識を関連付けたり、解決策を考えたりする活動の中で生徒自身の思いや考えをそこに加えていき、「自分なりの解」、「自分らしい解」を考えていく活動にすることだと考えられます。
同資料には例として以下の3点があげられています。
・ 事象の中から自ら問いを見いだし、課題の追究、課題の解決を行う探究の過程に取り組む
・ 精査した情報を基に自分の考えを形成したり、目的や場面、状況等に応じて伝え合ったり、考えを伝え合うことを通して集団としての考えを形成したりしていく
・ 感性を働かせて、思いや考えを基に、豊かに意味や価値を創造していく
【出典】文部科学省「新しい学習指導要領の考え方-中央教育審議会における議論から改訂そして実施へ-」P23
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/__icsFiles/afieldfile/2017/09/28/1396716_1.pdf
アクティブラーニング導入のメリットと注意点
アクティブラーニングの導入についてどのようなメリットがあり、どのような注意点があるのか見ていきたいと思います。
●導入のメリット
①問題解決力を向上させやすい
問題解決力とは自ら解決すべき課題を発見して、解決までの方法を導き出す能力と捉えることができます。変化早い現代社会では一人ひとりが課題の本質を捉えながら、解決方法を考えたり、創造したりすることが特に重要となります。また、そのためには論理的に仮説を立てて検証を行う力を身につけることができるようになります。
②コミュニケーション力を向上させやすい
コミュニケーション力とは他者と意思疎通を上手に図る能力と捉えることができます。グローバル化や価値観の多様性が進む現代社会において、様々な人と円滑に意思疎通したり、建設的な対話を深めたりするためのスキルは必須と言えます。コミュニケーション力を高めるためには相手の話に傾聴し、意図をくみ取ることと、自らの主張を相手に分かりやすく伝えるといったことができるようになります。
③リーダーシップの養成につながる
リーダーシップとは組織をけん引する力のことと捉えることができます。変化のスピードが早い社会において誰かの指示を仰いで判断することよりも、自らがリーダーとなって方向性を示すことも多くあります。周囲のメンバーに対して納得のある目標を提示し、その実現に向けてそれぞれに役割を与え、自らが先頭に立って行動するといったことができるようになります。
④知識を定着させやすい
ラーニングピラミッドなどに示されるように一般的に受動的な学びの態度よりも能動的な学びの態度の方が知識の定着率が高いとされています。アクティブラーニングは主体的な学びが起こっているかを意識した取り組みになっているという点で知識をより定着化させやすい学び方として期待されています。
●導入時の注意点
①教員にファシリテーション能力が必要
教員にファシリテーション能力が求められるため、授業者の能力に依存しやすいという点があげられます。特にファシリテーション能力が低い教員の場合、生徒に対するアドバイスと生徒の主体性に任せる部分の境界線の見極めが難しく、どのようにフォローをしていいか悩む場面などが出てくると思われます。教員向けの研修や成功事例・ノウハウの共有が求められています。
②学習方法や授業内容の選定が難しい
次にアクティブラーニングに用いられる手法は様々なものがありますが、それらの学習方法と授業内容をどのようにマッチングさせていくか選定が難しくなります。また、授業を通してどのような力を身につけさせたいかによっても学習方法が変わるため、学習者からフィードバックを得られるように設計していく必要もあります。
③授業時間が不足しやすい
講義型のように先生が正解や正解を出す方法を伝えていくのではなく、学習者自身が正解やグループワークなどでの納得解を出していくため、それなりに時間がかかることが予想されます。また、先生、生徒や学生ともにこのような授業手法に慣れていないと戸惑いを感じることもあり、より時間がかかることもあります。
アクティブラーニングの主な手法
ではアクティブラーニングにはどのような手法があるのかみていきたいと思います。
●ジグソー法
最初に授業者は1つの大きな課題を学習者に提示します。大きな課題はさらにいくつかのパートに細分化した状態にしておきます。そして学習者はグループに分かれ、各メンバーは大きな課題を解決するために、細分化されたいくつかの課題に一人1つずつ取り組みます。同じグループにいながら全員が違う課題に取り組むことになります。各メンバーは設定した課題を学習した後、グループで再度集まり、それぞれのパートで学習したことの他のメンバーに説明します。細分化された課題を一人ずつ分担しながら学習し、それを他者に説明することで「教える」、つまり、学習したことを言語化、アプトプットして理解を深めていく学習方法となります。
●PBL(問題解決型学習)
PBLとはProblem-based Learningの略になります。米国の教育学者ジョン・デューイによって提言された学習理論で、学習者たちは答えが一つではない課題に対し、仮説をたて、自分たちで情報収集します。仮説が間違っていれば、また新しい仮説を立てて検証していくということを繰り返す学習方法です。まず知識を与え、その解き方を教え、そして問題を解くという手法とは逆になり、まず問題があり、それを解決する方法を仮説立てたり、探したり、試したりする活動となります。
●KP法
KP法とは紙芝居(K)、プレゼンテーション(P)の略となります。これは授業者が1枚1枚の紙にプレゼンテーションの内容をそれぞれ示しながら説明し、全ての履歴を学習者に示す方法です。パソコンで行うパワーポイントと比較するとメリット、デメリットが分かりやすい手法で、KP法の場合は説明した過程を全て俯瞰でみることができるため振り返りや確認しやすいですが、パソコンのスライドショーでは現在、説明している部分しか見ることができず、前の履歴を確認することができません。また、板書をしないという点もメリットとしてあげられます。一方でKP法は紙で行うためアニメーションや映像といった動きや協調をすることができない点がデメリットとなります。
●学び合い
学び合いとは上越教育大学教職大学院の西川純教授が提唱した手法となります。方法はシンプルで、最初に授業者から学習者に対して授業の目標や授業中に行ってほしい態度目標を伝えます。次に用意された課題に取り組みます。多くの場合、まず個人で課題に取り組みますが、最初に示された態度目標によって解けた学習者は他の学習者に教えたり、あるいは分からない学習者は解けた学習者に教えてもらったりする活動が発生します。
●Think-Pair-Share(シンク・ペア・シェア)
Think-Pair-Shareとは課題に対してまず一人で考えて、次にペアになり、考えたことを共有したり、議論したりするという学習方法です。この学習方法の特徴は最初に一人で考えるというところにあります。アクティブラーニングの中でいきなりペアワークやグループワークを行うと意見が全く出てこない、言えないという場面もあります。そこれ最初に自分の意見を考えさせるあるいは紙に書かせるなど、全員が意見を持った状態を作ってから議論などで考えを深めていくことができます。
●ラウンド・ロビン
ラウンド・ロビンとは与えられた課題に対して、順番に意見やアイディアを話していく手法です。そこで出てきた考えに対する評価や意見、質問は行わずに進める、いわゆるブレーンストーミングのようなものです。アイディアや意見は記録しておき、その後まとめます。これは心理的安全性を高めて意見やアイディアを出しやすい状況を作ることに向いています。
●ピア・レスポンス
ピア・レスポンスとは学習者がペアになり、それぞれが書いた内容に関して、意見や改善すべきと思われる点を出し合うことを繰り返す手法です。書き手と読み手の目線からフィードバックをもらえる点が特徴です。また、他者に説明することで自身の考えや理解が深まる点も特徴と言えます。
●フィールドワーク
フィールドワークとは仮説検証などのため、それに適したフィールドに赴き、調査や観察、実験などを行ったり、 聞き取りを行ったりする活動です。
【まとめ】アクティブラーニングとは
ここまでアクティブラーニングが必要な背景、3つのポイント、メリットと注意点、手法について見てきましたが、改めてアクティブラーニングについてまとめていきたいと思います。
全国の学校で実践が広がっているアクティブラーニング。様々な手法も開発され、さらに増えている状況です。アクティブラーニングの最大のメリットは目の前の学習者を授業の主人公と捉え、彼らがアクティブになれる学習方法、スタイルを授業者が模索し、試案や実践できるという点にあると思われます。教え方に正解がなければ、学び方にも正解はありません。常に目の前の状況に敏感になりながら、学習者が成長するための場づくりを行う、その継続が学習やの成長支援に繋がっていると感じます。また、予測困難と言われる時代において社会環境は目まぐるしく変化を続けています。このような社会において物事に主体的になることができる、多様な他者と協働できる、物事の本質を捉え解決しようとしていく力を身につけることは子供たち一人ひとりに必要な経験であり、社会に直結する学び方と考えられます。